2015年度 炎環四賞
第十九回「炎環賞」受賞作
天牛
宮本 佳世乃
- 高層にあふるる窓や夏は来ぬ
- ピストルの響く新樹のグラウンド
- かはたれのとほくを飛びし時鳥
- 水ぎはの近づいて蛇衣を脱ぐ
- 雨空の入る鏡や蟾蜍
- あぢさゐに海の名残のありにけり
- 夏満月薬品棚の鍵揺るる
- 竹皮を脱ぐや深きへ蹲る
- 蒲の穂の吹かれ受持患者の訃
- 空蟬に指の離れてゆきにけり
- 一粒の素足となりて漂へり
- 木から影こぼれてゐたる夏座敷
- 天牛の翔ぶや種火の燻りし
- 死の蟬を覆つてゐたる蟬時雨
- 雨喜び歯と歯並んでをりにけり
- 階段へ川の続きし夜の秋
- 礼服の人の呉れたる氷菓かな
- 大夕焼斜面に拓かれし町よ
- ゆふがたは七夕笹の戻りくる
- 土砂降りの山より垂るる烏瓜
受賞のことば
俳句は言葉で言葉を書く。
何を言葉にするのかも、作句において大切な要素だ。しかしもっと大事なのは、自分が得たなにものかを第一印象でどのように把握し、どのように言葉にしていくか。HOWの部分が肝だと思っている。
言葉でしかあらわせないもの、そして、言葉によって立ち上がりくるもの。書いたとたんに立ち上がる世界を自らの眼に見せていきたい。
今、こうやって息をしていることの偶然、この息をしている瞬間は、二度とない。たまたまこの時代に生まれてきて、たまたま生きている。そんななか、一七音によって、私はふたたびあの時のなにものかと出逢うことができる。
「天牛」を、過去の自分が読んだらどう思うだろうか。言葉によって何かが立ち上がっていただろうか。私自身を瑞々しい気持ちにさせてくれるだろうか。
今回の受賞に甘んじることなく、もうひとりの自分とともに俳句と向き合って、意識的に今を過去に変えていきたい。