2019年度 炎環四賞
第二十三回「炎環賞」受賞作
無音
倉持 梨恵
- 読み返すことなき資料春立てり
- 自転車のかごに春光こぼれゆく
- 春の雪帰宅早々夕仕度
- 木の芽風吠えられぬ距離通りけり
- 前任者より引継ぎしシクラメン
- 春昼の猫家ぢゆうを爪研ぎに
- ふらここの影より先に戻りくる
- 手の届かぬところより空鳥の恋
- あやとりの固き結び目桜散る
- 沸騰の泡の大粒春夕べ
- 香水をひと吹き白き紙のうへ
- 五月雨やため息寄りの深呼吸
- 坂道に紫陽花の色転々と
- 手触りに選りたる陶器夏の天
- 渋滞の終はり唐突雲の峰
- ラジカセのしばらく無音夏の風
- 青田波長方形の枠を出ず
- 一枚の扉の奥の熱帯夜
- 看板の文字夏草に沈みゆく
- 釦穴探る針先夜の秋
受賞のことば
この度は第二十三回炎環賞をいただきましてありがとうございました。句集『水になるまで』が完成して間もなく、まさかの炎環賞のお報せをいただき大変驚きました。大きな出来事が二つ同時に起こり、なかなか実感が湧かずにおります。炎環賞はずっと応募し続けていますが、言い過ぎだったり、突出した句がないとのご指摘があり、自分の中でも思い当たる部分が多く、毎年その言葉を胸に今年はこうしてみようなどと楽しく考えながら二十句を纏めることができました。詠みたいものはずっと変わらないですし、物事を色々な角度から見つめて自分の角度と焦点を見つけること、季語に託すという気持ちはこれからも大切にして行きたいと思います。
今年は、初めてケツメイシのライブに行き、十年ぶりに親友に会い、猫を飼ってから初めての旅行の予定、来年には俳句仲間の転勤先の高松への吟行も控えており、次々と楽しい時間が舞い込んできました。これからも俳句以外のことへの好奇心も忘れずに俳句へ活かしていけたらと思います。いつも句会でご一緒して下さる皆様、いつも優しくご指導下さる寒太先生、そして全ての俳句でのご縁に感謝いたします。本当にありがとうございました。