2019年度 炎環四賞
第二十三回「炎環エッセイ賞」受賞作(テーマ「石」)
とらちゃんの石
坂上 栄美子
私は昭和十六年に兵庫県西部の中国山脈の南で生まれ、十八歳まで過ごした。三十戸ほどの集落は、『播磨国風土記』にも登場する古くからの農村だった。
幼稚園はなく、小学校に入ると集団登校をした。ほぼ村の中心にあるとらちゃんの家が集合場所だった。とらちゃんは大の大人だが、村には姓が五つくらいしかなく、大人たちはお互いを名で呼んでいたので、自然に子どもたちも「とらちゃん」と呼んでいた。
今思うと、地の人は「ちゃん」で、結婚などで来た人は「さん」で呼んでいたようだ。
中国山脈に雪が積り始めると、南側も急に寒くなる。私の思い出す故郷の風景は、なぜか、刈入れの終わった晩秋の田圃や冬枯れの山の風景だ。
とらちゃんの家に集合すると、冬にはいつも焚火が焚かれていた。五、六人はしばらく温まってから出発する。
特に寒い日には、とらちゃんは拳ほどの石を焚火の縁で温めておいて、新聞紙に包んで一人ひとりに黙って渡す。
貰う子どもも、特に礼を言うわけでもなく、ちょっとためらいながら受け取った。小学校までは、子どもの足では四十分ほどかかった。
最初は少し熱いその石は、学校までの間手を温めてくれた。中には、途中の川に投げたりする子もいたが、私は学校近くでそっと捨てたように思う。町場の子に見られるのが、恥しかったのも覚えている。
特別寒い日には、いつも子どもの数だけ石が温められていた。日中にとらちゃんがどこで石を集めていたのか、当時は貴重だった新聞紙をどうしていたのか、その頃はまったく考えもしなかった。
大人になって、時々心が荒んだとき、ふととらちゃんの石が思い出される。