2019年度 炎環四賞
第二十四回「炎環新人賞」記念作品
せき みちこ
愛日
- 香水にひらく記憶やコンコース
- 夕方の流れ八月のリビング
- あきらめて脛掻きこはす夜顔よ
- 透明に西瓜は土に還りたい
- 台風真つ只中Wi-Fiのよく跳ねて
- 秋思すなはちゴーガンの絵の名前
- 月青し影の手を動かしてやる
- 星月夜飛騨に人の目獣の目
- まくらまくらひややかに紺色の頰
- 叢雲の縁のあかるく秋澄めり
- オーブンの灯じんわり林檎焼く
- 秋の夜すやすや箱に満つる餡
- たうたうとシャンプー詰め替へる夜なべ
- 黄落や岩より出でしダビデ像
- 吼ゆるほどの矜持はあらず火恋し
- 講堂を足音ことり初時雨
- 法悦のサンタルチアよ冬の星
- 星団やいるかに陸を去る自由
- 愛日のにはとりすくと立ちゐたる
- また咳をしてゐるしかし眠つてゐる
受賞のことば
次女が一歳八か月となった。なかなか歩かないと思っていたが、歩き出してから走るまではあっという間だった。ちょこまかと駆け回り、家中のビニール袋を引っ張り出し、ありとあらゆる蓋を開き、長女の工作を引きちぎり、まぁやりたい放題である。聞き分けのよい長女に助けられているが、彼女にもこんな時期があったことは、もう思い出せない。
母業二年目の途中くらいまでの記憶は曖昧になってしまったが、毎朝毎夕、せっせと葡萄の皮を剝いた秋があった。出勤前は結構な手間だと感じたが、「ぶ!ぶ!」と片言で飛んでくる要求に応える楽しさがあった。時は流れて数年後の今も、私は葡萄を剝いている。「う!う!」次女は脚韻派なのである。
ことのほかみどり葡萄を剝きたれば
この度は新人賞にご推薦いただきまして、ありがとうございます。なかなか句会にお伺いできない中、大変励みになりました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。