2023年度 炎環四賞
第二十七回 炎環賞 受賞作
科学の子
小関 由佳
- 五芒星遺るキャンパス青葉闇
- 幾たびの五月かヒマラヤ杉の黙
- 炎昼の動物慰霊碑異形なり
- 白日傘畳み登戸研究所
- 黴の香や有機物質死なぬ棚
- フラスコに薄暑の光零れ落つ
- 少女らの作る爆弾聖五月
- 虹立たむ人体実験終はるころ
- 母の日や科学の子らを産み落とし
- 暗室より出でてつめたき雲の峰
- 厳かに骸を運ぶ蟻の列
- 青葉木菟機密文書の鍵三つ
- ほうたるやしんじつ隠すときひかる
- 人心のうつろふ早さ百日紅
- 夏草や黒き鉄扉の弾薬庫
- 万緑よ殺めるための科学史よ
- 濡れそぼつ加害と被害虎が雨
- 分け合つて襤褸負ふ途や南風吹く
- 次の世につなぐ言の葉夏の星
- 合歓の花みな赦されし子供かな
受賞のことば
受賞の知らせをいただいた夜、これで一生分の運を使い果たしたに違いないと怖くなりました。選んでくださった主宰をはじめ選考委員の皆様、本当にありがとうございました。
登戸研究所へ吟行に行ったのは初夏。平和な世なら人の助けになるべき科学者が、戦争によって変わっていった事実に愕然としました。同時に、戦後その実態を世に開示した勇気に胸を打たれました。受け取った者の一人として、また、きな臭い昨今に子を持つ親として、何か表現せねばという思いに突き動かされました。登戸研究所は私にとって運命的な句材だった気がします。
作句にあたっては、戦争という普遍的なテーマを扱う難しさも感じました。予定調和にならず情に流されず客観的な視点を保てるよう、吟行後何度か再訪し、裏を取るため資料にもあたりました。体を使って得た言葉は一定の重さを持つと実感したのも、今回の収穫かもしれません。
温かく時に厳しくご指導くださる寒太先生、この吟行の機会をくださった多摩句会の皆様、私のホームグラウンドであり一番好き勝手な句を出せる横浜句会の皆様にはお礼の言葉を尽くせません。本当にありがとうございました。これからも俳句の傍らでいろいろな体験をしたいです。