2024年度 炎環四賞
第二十八回 炎環賞 受賞作
ブースターケーブル
このはる 紗耶
- 薄氷や叔母のみ招く一周忌
- アイロンをかけよ余寒を軋ませよ
- 花こぶし自分を褒めてから眠る
- 野比のび太みたいなメガネ春炬燵
- たまごやき巻く佐保姫の手つきかな
- 囀を浴びし閂輝けり
- ブースターケーブル春の流れこむ
- 黄すみれや三十年ぶりの学生証
- 経血を忘れし身体青き踏む
- まばたきのひとつ初虹ふりかへり
- 山滴るスクーリングの日程表
- 駅出でて五月の電波拾ひをり
- ペン回すことだけ上手アロハシャツ
- 羽蟻殖ゆまた両立を質されて
- 年齢の枠さみだるるさみだるる
- 言ひ返しけり青梅の産毛ほど
- 錦鯉みんな定時に帰りさう
- ゆるやかに曲がるストロー灯涼し
- みなみ風満たさむラワン材の棚
- 誰しもが未踏の明日いかる鳴く
受賞のことば
このたびは第二十八回炎環賞をいただき、ありがとうございました。石寒太主宰、全選考委員の皆さまに心より御礼申し上げます。
年始に起きた大地震、そして今年五十歳となったのをきっかけに、「人生の折り返し地点は過ぎていて、時間はどんどん流れていく。もう、等身大の自分でいいじゃないか。素の自分のままで今できることを今やろう」と思うようになりました。初めて肩の力を抜いて編むことができた連作で受賞のお知らせをいただき、いろいろな感情が混じりあう不思議な心地でおります。賞をいただいたことに驕らず、日常や通信制大学での勉強も大切にしながら、これからも楽しみつつ自分らしい俳句を模索していきたいと思います。
転勤族の家族として数年おきに転居する生活のため、ネット句 会への参加が主で、現在はいずれの対面句会にも属しておりません。そんな私の受賞が、参加したくてもさまざまな事情でなかなか句会に出られない方へのエールにもなりましたら嬉しいです。
いつもあたたかく見守ってくださる寒太先生、先輩方や句友の皆さま、本当にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ノクターン第二十番
北 悠休
- 待春の母の絵手紙「元気です」
- 脳トレの升目埋めゆく日永かな
- 春しぐれ老いのしんしん母病めり
- 点滴や春夜を刻む針の音
- 喉鳴らし噎せゐる母や霾ぐもり
- 梨の花見ずに死ねぬと動く唇
- 延命治療拒みし母よ夏に入る
- 母の日の目刺食べたき母と居り
- まなうらに生家の暮らし麦の秋
- 霜燻べ火種を囲む大家族
- 刈草の荷台に母と見し夕焼
- 蚊帳に入るゴーシュの話聞くために
- 叱られし桃小屋の夜へ味噌握
- みどりの夜童女のままに母逝けり
- 青時雨母に添寝のノクターン
- 筒鳥や出棺告ぐるクラクション
- 冷し酒よく働きし骨愛づる
- 遺されしリュックと杖や夏の雲
- 雷様や父は筑波嶺母は鬼怒川
- 帰らざるものは旅人星まつり
受賞のことば
本作品は母の容態が春を迎えて急変し、五月末に命終するまでの間の私的な悼みの記録である。選考委員からどんな評価を受けるか全く自信はなかったが、母と故郷への想いや感謝を詠まずにいられなかった。
通夜までの毎夜、母に寄り添い兄と飲み、追憶と繰り言を脈絡なく語った。その時聴いたピアニスト・木住野佳子の『ノクターン第20番』が心に沁み、そのまま表題とした。ショパンの「遺作」と副題がある曲、本作品は母との遺作かつ合作と言えよう。
高度成長期とは言え、実家は梨・桃などの果樹と酪農の多角経営で厳しく、大家族の中で何役もこなす母の労苦は並大抵でなかった。私も学校・部活の合間に農作業や乳搾りを手伝ったが、家族は運命共同体であった。驚くことに、母は子3人の小学校以来の通知表や私が送付した句作品を大切に保管していた。滅多に子を褒めない母と感謝を口に出せない子であったが、今は素直に本作品を捧げ「ありがとう」と伝えることができる。
受賞に際し、亡師・長谷川智弥子さんとピエロ句会の酔いどれ仲間、常に励ましを頂いている主宰はじめ俳縁ある皆様にあらためて感謝申し上げます。