2015年4月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳句界」(文學の森)4月号の巻頭「俳句界ニュース」が、「「炎環」平成27年 新年句会・新年懇親会」というタイトルのもと、カラー写真2点(石寒太主宰の特別講演と、「青い山脈」の大合唱)を掲載。同誌はまた、「句会レポート」に新年句会の模様を伝える詳細なレポート(丑山霞外編集長による)を掲載。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)に石寒太主宰が連載中の「牡丹と怒濤――加藤楸邨伝」。4月号は「第25章 「第二芸術」論の波紋(二)」。桑原武夫の「第二芸術―現代俳句について―」の全文を掲載しています。桑原武夫(1904-1988)はフランス文学者・評論家で、「第二芸術」は昭和21(1946)年11月雑誌「世界」に載ったエッセイ風評論。前章(3月号)で筆者(石寒太主宰)は、敗戦後の俳壇の混迷期、〈伝統派を代表する俳人たちは戦犯問題でひるみ、一方革新派であった新興俳句系の俳人たちは、戦時中の犠牲が大きかっただけに、再起の方途を掴みかねていた折〉、「第二芸術」論がそれに〈追い打ちをかけるように、外部からの強烈な批判として提示された〉のであった、なぜなら〈桑原は、俳句では近代社会の思想感情を表現できない、俳句は芸術と呼ぶに価しない形式、あえて芸術と呼ぶなら、それは「第二芸術」である〉と主張したからで、これが〈あらゆる面から心ある俳人たちに衝撃をあたえ、俳人にとっては重い季節となった〉と述べて、読者を新たなテーマへと導きました。「第二芸術」論については、すでに多くの人が書いていますが、〈それらは部分的に論者の必要に応じて引用しているので、かえってこの論を分かりにくくしている〉と考えた筆者は、〈より深く理解しようとする人のためにも、ここで全文を紹介しておくことにしたい〉と述べて、今回の全文掲載となりました。ちなみに炎環でも、この「第二芸術」論を正面から見据えて考えたことがあります。20周年記念号(2008年1月号)の「終結「第二芸術」論」という大特集がそれです。その中で主宰は、〈この論によって、平穏だった俳壇は一気に活気づきました。桑原に反論した俳人たちには、中村草田男・加藤楸邨・石田波郷ら人間探求派を中心として、さらに西東三鬼・秋元不死男ら新興俳句の人びとがおり、俳人たちは自分の作品でそれを証明するために、一丸となって立ち上がったのです。それが、現代の俳句隆盛といわれている俳人たちの、いまの力になっているのです〉と述べています。
- 結社誌「小熊座」(高野ムツオ主宰)2014年5月号の「星座渉猟―俳壇近作鑑賞」(関根かな氏)が、〈啓蟄やこころの鍵のひとつ鳴り 石寒太〉(「炎環」2014年4月号)を取り上げ、〈こころのなかに、いくつかの扉がある。啓蟄あたり、こころが騒ぎだす。「お願い。そろそろ鍵を開けて。」こころが揺れる、揺さぶられる音なのだろう〉と鑑賞。
炎環の炎
- 増田守第三句集『序曲』、3月25日、KADOKAWAより発行。石寒太主宰が「序」を認め、「地球に生を受けしものへ、永遠にいい遺したいこと」と題して、〈前句集にも増して生と死への主題が色濃くなった。人間とは何か。人間いかに生くべきか。人間の過去と現在と未来は? 人類の諸活動が、他の種の絶滅を危惧する以前に、人類自体の存続すら危惧されるという。この句集は、守さんにとっては、大きな主題の提示となった〉と紹介。
- 読売新聞3月9日「読売俳壇」小澤實選〈揺られ来てバスの終点桃の花 辺見狐音〉
- 毎日新聞3月9日「毎日俳壇」小川軽舟選〈ばらの芽や経済学の厚き本 万木一幹〉
- 東京新聞3月15日「東京俳壇」小澤實選〈コトコトコト鉛筆の音大試験 渡辺広佐〉=〈静まり返った試験場に鉛筆をころがす音。誰かが選択肢の問題を鉛筆占いで解いている。大丈夫かな〉と選評。
- 東京新聞3月15日「東京俳壇」小澤實選〈ふらここを立ち漕ぐ妻を遠く見し 片岡宏文〉=〈家の中で働いている妻とは違ういきいきした姿を見てしまった驚きが書かれている〉と選評。
- 総合誌「俳句」(KADOKAWA)4月号「平成俳壇」山西雅子選「秀逸」〈てのひらの一つの影は竜の玉 曽根新五郎〉
- 総合誌「俳句界」(文學の森)4月号「投稿」稲畑廣太郎選「秀逸」・豊田都峰選「秀逸」〈人居らぬ村を出てゆく雪女 中村万十郎〉
- 総合誌「俳句界」(文學の森)4月号「投稿」茨木和生選「秀逸」〈海鼠食べ古代の海を想ひけり 高橋桃水〉
- 総合誌「俳句界」(文學の森)4月号「投稿」宮坂静生選「秀逸」〈竜の玉ひとつこぼれて父の亡し 結城節子〉
- 総合誌「俳句」(KADOKAWA)4月号の「俳句で夜遊び、はじめました」(岸本葉子氏)に、句会メンバーの一人として齋藤朝比古登場。
- 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)4月号の「私の自由時間」に関根誠子が、自身の〈ダンス〉の写真とそれにまつわるエッセイを寄稿。
- 「第7回藤岡市桜山まつり俳句大会」(2月8日、群馬県藤岡市)が2156句から大賞1句、特別賞11句を選出。その「特別賞」に〈冬桜夫よりはやくには逝けず 武田漣〉(=中里麦外選「特選」)。
・髙橋洋一選「入選」〈馬小屋に馬の人形冬の蠅 松本美智子〉〈みな母に抱かれし顔冬ざくら 伊藤航〉
・中里麦外選「入選」〈製糸場の女工も見しや冬ざくら 伊藤航〉〈帰らざるものは旅人ふゆざくら 北悠休〉〈父母も子もみな来よ冬の桜見に 武田漣〉〈吾子の目に冬の桜のあふれたる 武田漣〉〈たれ彼もやさしくなりぬ冬ざくら 佐藤弥生〉〈男ことばつかふ少女や冬桜 佐藤弥生〉
・星野光二選「入選」〈何もかも忘れし母の花見かな 曽根新五郎〉〈冬ざくら戯れせんと生れけり 伊藤航〉〈父母も子も(前掲)武田漣〉〈男ことば(前掲)佐藤弥生〉 - 「第16回隠岐後鳥羽院俳句大賞」が選考結果を発表(3月15日)、1775句から入賞5句を選出。そのうち「西ノ島町長賞」に〈上皇の島へ月光惜しみなし 深山きんぎょ〉(=稲畑汀子選「特選」・小澤實「入選」)
・稲畑汀子選「入選」〈飛魚や遠ざかりゆく島の影 棗楕伊〉〈出航のテープ七色卒業す 石井浩美〉、「佳作」〈枯木星大きく息を吐きにけり 真中てるよ〉〈民宿の二泊三日の日焼かな 曽根新五郎〉〈綿虫や帰りたがらぬ子供たち 佐村晶〉〈寒禽の声ばかりなる隠岐神社 鈴木まんぼう〉
・宇多喜代子選「入選」〈靴紐を固めに結び冬に入る 栃倉千江子〉〈民宿の(前掲)曽根新五郎〉〈寒禽の(前掲)鈴木まんぼう〉〈六月の海の青さや孕牛 武田漣〉〈隠岐の夏潮風に向く曝書かな 島井由美子〉、「佳作」〈初蝶や倒れしままの流人墓 竹内洋平〉
・石寒太選「準特選」〈院の声楸邨の声冬怒濤 中西光〉、「入選」〈蟷螂の不動楸邨怒濤句碑 伊藤航〉〈枯木星大きく息を吐きにけり 真中てるよ〉〈民宿の(前掲)曽根新五郎〉〈船底に毛布一山島へ島へ 石井浩美〉〈飛魚飛翔隠岐の青さの芯にあり 武田漣〉
・小澤實選「入選」〈全島を包む白霧の夜明けかな 藤田幸次郎〉〈船底に(前掲)石井浩美〉〈出航の(前掲)石井浩美〉、「佳作」〈島の谷水の水押す雪解かな 万木一幹〉 - 結社誌「季刊芙蓉」(照屋眞理子代表)春号の「詞苑遊歩」(照屋眞理子氏)が岡田由季句集『犬の眉』を取り上げ、〈どの頁からも「俳句って楽しい!」という声が聞こえてくる句集。表記は歴史的仮名遣いだが、発想は口語でなされている作品と思う。古典の素養も覗える作者であり、文語で発想するようになったらどう変わるのだろうかと今後を知りたく思った〉と批評。
- 機関誌「現代俳句」(現代俳句協会)3月号に宮本佳世乃が「アフター・カラフル」と題して、第138回現代俳句協会青年部勉強会で語られた〈言葉〉を報告。この勉強会は2014年12月、鴇田智哉句集『凧と円柱』刊行記念のトークイベントとして行なわれ、出演者は青木亮人・鴇田智哉・田島健一・宮本佳世乃。