2016年7月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳句界」(文學の森)に石寒太主宰が連載中の「牡丹と怒濤――加藤楸邨伝」。7月号は「第40章 句集『山脈』とその時代(二)」。前章では、楸邨の第9句集『山脈』(やまなみ)の〈ピーク〉といえる「浅間の麓 二十六句」の全句を掲出し、最初の3句を鑑賞しました。本章では、続けて4句目から15句目までを味わいます。筆者(寒太主宰)は、それらの句について、〈対象に執着し、自分のことばが湧き出てくるまで、じっと待ちつづけた効果が出ている〉と評しています。そしていよいよ16句目の《冬の浅間は胸を張れよと父のごと》。〈この句は、集中でも特に好きな一句である。このごろ、群馬に「炎環」の句会がいくつか出来たことで、年に何回かその地をよく訪れている。そんな折、浅間山をみるたびに、必ず思い浮かべるのがこの句である〉と筆者。そして本章では、ここでいったん立ち止り、楸邨の「父」について考察します。〈楸邨に対しての父の影響は色濃く、正義感の強いところ、潔癖なところ、負けずぎらいの性格など、多くを父から享ついでいる〉そんな楸邨のことはよく知られていて、それは〈多くの人が書いているし、楸邨も折にふれては父への追慕の情として多くの文章や俳句の中に残している〉。ところが、これまでにない視点からの論考として筆者はここで、神田ひろみ著『まぼろしの楸邨―加藤楸邨研究』(ウエップ刊)を紹介します。〈著者、神田ひろみは、父健吉の履歴を調べていく途中に、楸邨(本名・加藤健雄)の洗礼の記録を確認しつつ、楸邨が父から享け継いだクリスチャンへの血を色濃く指摘している。このところが、本書の最大の特色であり、注目に値するところである〉と評価しています。
炎環の炎
- 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)7月号の「俳壇ワイド作品集 今月の編集長」に、丑山霞外が「花水木」と題して、〈チューリップ大事なことのわかりよし〉〈病棟の長きベランダ薄暑かな〉〈花水木旅立つまでの白さかな〉など7句を発表。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)7月号の「合評鼎談 『俳句』5月号を読む」において高野ムツオ氏、押野裕氏、日下野由季氏が、田島健一の作品「無糖紅茶」から、《息のある方へうごいている流氷》について、〈[高野]何の〈息〉かは言っていないが、「春という季節の息」と読めば、その感じがよく捉えてあります。[日下野]たしかに「春の息吹」の感覚もあるし、人がいるほうへ流氷という生き物が動いている感じもする。[押野]この句は〈息〉がいい。人でも、人でなくてもいいが、世界と息のある者との関係を自由に発想できますから〉と批評。また、《壺焼と無糖紅茶とあらゆる無》について、〈[押野]最後に〈あらゆる無〉と言われても読者は困ってしまう。[日下野]〈壺焼と無糖紅茶〉から〈あらゆる無〉へアクセスできるパスワードがないという感じでしょうか。[高野]抽象的な次元を求める作り方には決して反対しないが、最終的には読者がイメージできる掛け渡しのワードが欲しい〉と鑑賞。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)7月号「投稿俳句界」
・田島和生選(題「天」)「秀作」〈天金の本の重さや春愁 松本美智子〉
・能村研三選(題「天」)「秀作」〈天辺の風のかたちの若緑 曽根新五郎〉
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈千枚田千枚の水温みけり 曽根新五郎〉
・今瀬剛一選「秀逸」〈きもちよく寝入りし赤子春の海 金川清子〉
・佐藤麻績選「秀逸」〈石切りて直線多き山笑ふ 髙山桂月〉
・原和子選「秀逸」〈再会は朧月夜の島のこと 曽根新五郎〉 - 読売新聞「読売俳壇」
6月20日正木ゆう子選〈補聴器のノイズ卯の花腐しかな 堀尾巌〉 - 結社誌「澤」(小澤實主宰)6月号の「窓 俳書を読む」(冬魚氏)が、岡田由季句集『犬の眉』から5句を取り上げて鑑賞。《ヒップホップならば毛糸は編みにくし》に対しては、〈「ヒップホップならば毛糸は」の字余り、句またがりがややラップ調。句自体が破調、ヒップホップ調という楽しさ〉と記述。《間取図のコピーのコピー小鳥来る》に対しては、〈「コピーのコピー」は小鳥の鳴き声のよう〉と記述。
- 結社誌「帆」(浅井民子主宰)6月号の「現代俳句鑑賞」(鈴木照子氏)が、《行く春の銀河系から書く住所 岡田由季》を取り上げ、〈これまで何気ない気持ちで都道府県から書いていたのだが、この句に自分が天の川銀河の太陽系の第三惑星、地球の住民であることに気付かされた。なんと壮大な思考、そして俳句の世界であろうか〉と鑑賞。句は「俳句四季」4月号より。
- 結社誌「月の匣」(水内慶太主宰)6月号の「詩海展望」(田中喜翔氏)が、《冬至かな昔トイレに紐のあり 岡田由季》を取り上げ、〈由季さんは(多分)厠上で、今日は冬至、南瓜を煮なければと思っている。そしてふっと昔は水洗トイレに紐があったっけと。離れたもの同士を取合わせるとメッキのように安っぽくなり勝ちだがこの句の場合微量の諧謔が救いになっている〉と鑑賞。句は「俳句四季」4月号より。
- 結社誌「郭公」(井上康明主宰)6月号の「俳壇の今」(若林蕗生氏)が、《芒野をゆく帯電し放電し 岡田由季》を取り上げ、〈こういう表現はなかなか出来るものではない。芒野と言われると納得せざるを得ないようである。見事な感受と思いたい〉と鑑賞。また、《百人の宴会場に海鼠嚙む 岡田由季》に対しては、〈百人とあり、同じ料理の膳がずらりと並んでいるのであろう。海鼠が何とも味わいのある言葉である〉と記述。2句とも「俳句四季」4月号より。
- 結社誌「麻」(嶋田麻紀主宰)5月号の「現代俳句月評」(田中幸雪氏)が、《怖き夢思ひ出しつつ泳ぐなり 岡田由季》を取り上げ、〈思い出す怖い夢から逃げたくて必死になることで出てくるアドレナリンのためにほんとに早く泳げてしまう、という水泳必勝法なのか。イヤイヤ〉と鑑賞。句は「俳句四季」4月号より。
- 結社誌「沖」(能村研三主宰)6月号の「句集の泉」(広渡敬雄氏)が、柏柳明子句集『揮発』を取り上げ、《鳥帰るかたまりかけし青絵の具》《診療所の青きスリッパ秋立てり》《大年の教室あをくありにけり》などを示して、〈集中で先ず目に付くのは、「青」の色彩の多さである。青を好む精神は、自由を大切にし「強い信念」、「直観力」で何事にも成果をあげると言われるが、「絵の具」「スリッパ」「教室」の鮮明な青は、著者の意思であるかの様に読者の前に厳と存在する〉と指摘。ほかに17句を選び鑑賞しつつ、〈著者の真骨頂は、直感による把握が真に迫り来る巧みさである〉と評価。
- 結社誌「遊牧」(塩野谷仁代表)103号(6月1日)の「句集往来」(浪岡郁子氏)が、柏柳明子句集『揮発』を紹介。
- 結社誌「伊吹嶺」(栗田やすし氏)6月号の「俳書紹介」(服部鏡子氏)が、柏柳明子句集『揮発』を紹介。