2016年10月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳句界」(文學の森)に石寒太主宰が連載中の「牡丹と怒濤――加藤楸邨伝」。10月号は「第43章 現代俳句協会分裂と俳人協会の創設の裏舞台①」。楸邨の第9句集『山脈』は昭和30年刊。ちなみに、7月号で紹介のあった神田ひろみ著『まぼろしの楸邨―加藤楸邨研究』では『山脈』を第8句集と数えており、このことを寒太主宰にお尋ねしたところ、次のようにご教示いただきました。「第5句集の『砂漠の鶴』を神田ひろみ氏は句集に入れず、紀行文に入れてしまっているので一冊ずつずれてしまっているのだと思います。『砂漠の鶴』は「後記」で楸邨自身は「大陸俳句紀行」とサブタイトルしているように、文の比重が多く純粋の句集ではないが、著者も後書で「第五句集に当たる」と書いてしまっているし、「加藤楸邨全集」刊行の折にも、本人にも確認して全集では「第五句集」として中に入れています。ただし、『隠岐』も俳句紀行ではあるが、こちらは、俳句が後の『雪後の天』とダブっているので、分類はエッセイにされています」。さて、『山脈』に続く第10句集『まぼろしの鹿』は昭和42年刊、本章からは、これら2句集に挟まれた昭和30年代を概観します。昭和34年4月高浜虚子死去、〈時代的には前衛と伝統の対立色が鮮明となり、「馬酔木」が精力的に取り上げた“抒情の問題”が注目され、金子兜太の「造型俳句六章」および八木三日女など、前衛・抽象俳句に関する論が旋風のように俳壇を駆け巡った。そんな中で、昭和36年10月、第9回現代俳句協会賞が前衛俳句の雄・赤尾兜子に決定した。が、このことが選考過程において協会内部の対立も招き、協会分裂のきっかけもつくったのである〉。「造型俳句六章」とは、角川「俳句」誌の昭和36年1月号~6月号に連載された金子兜太氏の俳論。本章では、田島健一、宮本佳世乃らが金子兜太氏に向けて、「造型俳句六章」以後の楸邨、草田男についてどうお考えですか、とインタビューし、氏がそれに答えている記事を引用して、当時の様子を紹介しています。
- 「現代俳句協会賞」の選考委員である石寒太主宰が、機関誌「現代俳句」(現代俳句協会)9月号の「協会賞選後評」に文章を寄せ、冒頭で先ず〈第二次選考会の日は、このところ毎年の恒例となっている「隠岐後鳥羽院全国俳句大会」の授賞式に当たり、欠席のやむなきに至った〉と断ってから、受賞句集や候補句集について選評を述べた後、再び隠岐について次のように綴っています、〈さて、ここ20数年を隠岐の楸邨にこだわり続けて隠岐通いを続けてきたが、加藤楸邨は昭和16年3月、やむにやまれぬ気持ちで隠岐にわたり、一気に176句の連作を句集にまとめた。それが彼に一大転機をもたらし、人間探求派となったことはよく知られているところである。俳句は、ある意味でエネルギーの結晶である。その当たりが、これからの現代俳句を推進する力になるのではないだろうか〉。
- 結社誌「秋麗」(藤田直子主宰)9月号の「秋のこの一句」において、原田久美子氏は《かろき子は月にあづけむ肩車 石寒太》を取り上げ、〈この句は、お父さんが早く帰ってきた夕刻、子どもと散歩に出かけ、肩車をしたのでしょう。その体重の軽さに、何だか我が子が空の満月に吸い込まれてしまいそうな気がしたのではないでしょうか。あるいは、大事な我が子をお月さまに捧げてしまおうかと思ったのかもしれません。父親の心の一瞬を表現していて大好きな句です〉と鑑賞。
- 結社誌「母港」(西山常好主宰)第78号(9月1日)の「現代俳句鑑賞(受贈誌より)」(森径子氏)が、《花万朶いよいよ晩年への一歩 石寒太》を取り上げ、〈毎年見ている満開の桜であるが、今年の花は少し違って見えたのだろうか。いよいよ晩年と思う一方でまだまだとの思いもある。一歩は未知への歩、夢への歩みであろう。“花万朶”がどっしりと上五にあって中七下五に前向きな力強さが窺えて共感の佳句である〉と鑑賞。同誌の「諸家近詠(受贈誌より)」では、西山主宰が44誌から各誌1句ずつ抄出しており、「炎環」からは《九条のちらしにつつむさくら餅 石寒太》を記載。
- 結社誌「俳句饗宴」(鈴木八洲彦主宰)9月号の「俳誌燦燦」において、鈴木主宰が各誌から1~2句を抄出している中で、「炎環」からは《子規堂のくらがり透り鬼やんま 石寒太》を記載。
炎環の炎
- 総合誌「俳句界」(文學の森)10月号の「俳句会への招待――注目の俳人をピックアップ!!」に、結城節子が「煤匂ふ」と題して、〈煤匂ふ芭蕉二泊の土間涼し〉など5句を発表。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)10月号「投稿俳句界」
・大高霧海選(題「太」)「秀作」〈骨太の男のけんか御輿かな 曽根新五郎〉
・高橋将夫選(題「太」)「秀作」〈太き薪焼べて焚火の鎮まりぬ 平尾守拙〉
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈青春を試着してみる更衣 高橋桃水〉
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈ふる里の闇ふる里の蛍かな 曽根新五郎〉
・鈴木しげを選「秀逸」〈箱の中の箱また箱やさみだるる 松本美智子〉
・原和子選「秀逸」〈ふる里の(前掲)曽根新五郎〉 - 朝日新聞「朝日俳壇」
・9月5日長谷川櫂選〈そら豆のあたりに満つる青さかな 池田功〉
・9月26日金子兜太選〈おくすりのやうにいなごを食ふ子かな 渡邉隆〉 - 読売新聞「読売俳壇」
・9月13日矢島渚男選〈原爆忌地の裏側に聖火燃ゆ 堀尾一夫〉=〈広島の被爆者慰霊の日、地球の裏側ではオリンピックの聖火が灯され、戦争と平和を象徴する二つの火を思っている。武器を捨てて、スポーツだけで競う日が来てほしい〉と選評。 - 東京新聞「東京俳壇」
・9月25日鍵和田秞子選〈永らへて南瓜の旨き平和かな 片岡宏文〉=〈南瓜は戦中戦後の食糧難の時によく食べた。それで命を繋いだ。美味だと思ったのは確かに平和になってから〉と選評。 - 毎日新聞9月4日のコラム「季語刻々」(坪内稔典氏)が、《バス旅の前の席より青蜜柑 増田守》を取り上げ、〈俳句仲間とのバスの旅ではこの句のようなことがよく起こる。ミカンのほかにアメ、チョコレート、クッキー、センベイなどがまわってくる〉と鑑賞。句は句集『虚数』より。
- 「第19回夢二俳句大賞」(9月1日)が応募総数1,757句から、選者6名それぞれの特選3句、秀逸10句、佳作50句をもとに、大賞1句、入賞9句を決定。
◎読売新聞社賞〈三百六十五段目の空小鳥来る 長谷川いづみ〉
・高野ムツオ選「特選」〈三百六十(前掲)長谷川いづみ〉
・高野ムツオ選「秀逸」〈絵筆より色の溶け出す夢二の忌 曽根新五郎〉
・高野ムツオ選「佳作」〈黒猫のするりと逃げし夜の秋 深山きんぎょ〉
・高野ムツオ選「佳作」〈島の船行き交ふ河や月見草 高橋ビスカス〉
・雨宮きぬよ選「佳作」〈三百六十(前掲)長谷川いづみ〉
・稲畑廣太郎選「佳作」〈夏蝶の太陽の舞ひ風の舞ひ 曽根新五郎〉
・稲畑廣太郎選「佳作」〈花野忌の水の明るき榛名富士 長濱藤樹〉
・稲畑廣太郎選「佳作」〈黒猫の(前掲)深山きんぎょ〉
・上田日差子選「秀逸」〈三百六十(前掲)長谷川いづみ〉
・上田日差子選「佳作」〈連れ歩く影美しき夢二の忌 曽根新五郎〉
・上田日差子選「佳作」〈少年の長き一日鬼やんま 深山きんぎょ〉
・木暮陶句郎選「佳作」〈絵筆より(前掲)曽根新五郎〉
・西村和子選「佳作」〈あの世から風の来てゐる夜風鈴 曽根新五郎〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)10月号の「柘植文子が評する角川書店の新刊」が増田守句集『虚数』を紹介。《歴史みな勝者のために敗戦日》《あやふやな自衛の定義敗戦日》《原発は無限の虚数寒の星》を引き、〈アクチュアルな句の背景には人類の未来への危機感がある。原発の不完全性を「虚」と哀しむ作者に共感した〉と批評。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)10月号の「合評鼎談 『俳句』8月号を読む」において高野ムツオ氏、土肥あき子氏、大谷弘至氏が、齋藤朝比古の作品「陰暦」から、《海月から海月の影の出でにけり》について、〈[高野]この表現は大胆でよかった。こういう句をたくさん作ってほしい。[土肥]〈海月〉は本体も影もどちらも半透明で、言葉でダメ押ししないと消えてしまいそうな幽(かそけ)き存在です。面白い角度で詠まれました〉と、また《強と弱くらべてゐたり扇風機》について、〈[大谷]楽し気な感じ。〈扇風機〉でこういう句はなかなか作れないですね。[土肥]たしかに扇風機を前にするとしたくなります(笑)〉と批評。
- 結社誌「萌」(三田きえ子主宰)9月号の「句集紹介」(大内さつき氏)が、齋藤朝比古句集『累日』を取り上げ、《片側の凹んでゐたり紙風船》など5句を抄出し、著者略歴と石寒太主宰による序文の一部を紹介して、〈さりげない景にも発見があり、手に馴染む句集である〉と案内。