2017年9月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳句界」(文學の森)に石寒太主宰が連載中の「牡丹と怒濤――加藤楸邨伝」。9月号は「第54章 楸邨の短歌――最終敲」。4月号(第49章)に示されているとおり、『加藤楸邨全集第4巻』には楸邨の短歌551首が収められ、その構成は以下のようになっています。
「戦前歌屑」計38首
○大正14年「父の死」前後のもの、12首
○昭和3年頃のもの、1首
○昭和5年頃より昭和9年まで、25首
「傷痕より」計454首
○「ノート(一)識域遠近」昭和23年2月8日より、215首
○「ノート(二)遥かなる夜明」昭和23年3月10日より、93首
○「ノート(三)潮のごとく」昭和23年4月25日より、146首
「忘帰歌屑」計59首
○昭和28年歌会詠草等、8首
○昭和52年より54年まで、51首
本章では、「ノート(三)潮のごとく」から5首、「忘帰歌屑」から1首を選び鑑賞します。「ノート(三)潮のごとく」には、〈146首というおびただしい歌が記されている〉が、それらは昭和23年に〈一気に詠み下ろしたものとみられ〉、この中から筆者(石寒太主宰)は、「大いなる汽罐車の胴体を見あげをり露はしたたるその胴体を」「わが句集野哭は成りぬ読みゆけば汗出づるまでにきほひし句あり」「ひとくちにのみ終へしさまはたはぶれにてまた舌の上に飴をたのしむ」「しぐれつつひぐれむとするときのまの石はむきむきに濡れてゆくかも」「妻に死なれし中村草田男の息づきをはかりつつ選の速度を合はす」の5首について、それぞれの内容にまつわる筆者(寒太主宰)の個人的な思い出を軸に、歌が詠まれた当時の楸邨の状況を重ね合わせ、主題を同じくする俳句などとも対照させながら、一首ずつ丁寧に鑑賞していきます。そして最後に「忘帰歌屑」から、昭和54年、楸邨74歳のときの歌「もう一度生れて来れば何するか猫とあらそひ妻とあらそひわれとあらそふ」を鑑賞します。 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)創刊65周年記念付録『現代俳人名鑑』に収録されている石寒太主宰は、そのコメントで、〈この二十年、二度のがん手術より生還。その間父と母同時にあの世へ送り、師・加藤楸邨を喪った。俳句を詠むということは、つきつめると生と死に直面すること。3・11や熊本地震など、人間や生あるものすべての命の尊さを思う〉と記しています。
炎環の炎
- 榎本慶子が、句集『アンネの微笑』を、文學の森より9月17日に刊行。序文を石寒太主宰が「『アンネの微笑』――新しき出発のために」と題して認め、〈「炎環」が創刊30周年を迎える。同人誌「無門」(のち「MUMON」)の時代が5年ほどもあるので、合わせると35年ほどにもなる。榎本慶子さんとの付き合いはその同人誌からであるから、ずいぶんと長い。そんな仲間の中でも炎環賞を2回(第3回・第6回)も受賞したのは、唯一彼女だけである。そのひとつをとっても、如何に俳歴が長く、また作品が優秀であったかがよく分かろうというもの。この句集には、そんな榎本さんのすべてが詰まっている。彼女は、俳句はもちろんであるがその他の趣味も多彩で、句集の各章扉には自画のカラーのスケッチが添えられている。また、Ⅳの章には「暁の海」というエッセイの欄もある。これがまた楽しい。ひとつひとつ読んでいると、彼女とのむかしが立ちどころに甦ってくる。とにかくこの句集からは、榎本慶子の三十年間のさまざまな軌跡を辿ることができる。どの一句もどの一文にも彼女らしさが浮かび、彼女の微苦笑が顕われていて好ましい〉と紹介。
- 「第35回現代俳句新人賞」(現代俳句協会)を、宮本佳世乃の「ぽつねんと」と題した30句が受賞。炎環からの同賞受賞者は、浦川聡子・柏栁明子・近恵・山岸由佳に続いて5人目。
- 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)9月号の「精鋭16句」に、近恵が「残量」と題して、〈伏せられている水無月の植木鉢〉〈白木槿生え変わりたい歯の軋み〉〈鈴虫の遠く近く電池の残量〉など16句を発表。
- 週刊誌「サンデー毎日」(毎日新聞出版)9月17日号の「サンデー俳句王(ハイキング)」において宗匠の奥田瑛二氏が「俳句王」として〈丸文字の妻の家計簿秋刀魚焼く 山岡芳遊〉を選出(兼題「丸」)。〈家計簿と秋刀魚のコラボ。丸文字の妻。70年代から80年代の女子小中高生が書いたのが始まりらしく、ピークが70年代後期。そうやってたどると奥さんのお歳が見えてきました。家計簿から、庶民の秋刀魚の時代、高級魚になりつつある秋刀魚の今。どちらの秋刀魚も焼いたんですね〉と選評。
- 朝日新聞8月28日の「歌壇俳壇」面のコラム「俳句時評」(恩田侑布子氏)が「虚実の両岸」と題し、〈四〇代半ばの二句集が対照的で面白い〉として黒澤麻生子句集『金魚玉』と田島健一句集『ただならぬぽ』をそれぞれ批評して対比。『ただならぬぽ』からは《戦争は空気を走る銀の鹿》《白鳥定食いつまでも聲かがやくよ》《ただならぬ海月ぽ光追い抜くぽ》を取り上げ、〈現代の情報戦はしなやかな銀の鹿のように無味無臭。白鳥は無季の輝かしさで定食になる。健一は「物のみえたる光」ではなく通り過ぎる光、わたしのものではない現実の非現実感を描く。表題句の「海月ぽ」の発光も水族館の照明だろう。「ネット言語ネイティブ」が虚に居りて虚を行う。すべてが平準化された平熱のスクロールが続く新世代の俳句である。両者ともいかに上手い俳句を書くかではなく、自分にとって何を書くかに腰を据えているのが頼もしい。麻生子の実と健一の虚。四〇代の虚実の競演はこれからが本番。どちらがよいかではない。虚と実はつねに相補関係にある〉と論評。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)創刊65周年記念付録『現代俳人名鑑』が近恵・齋藤朝比古・田島健一・宮本佳世乃を収録。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)9月号「投稿俳句界」
・中西夕紀選「特選」(題「角」)〈ひと箸に崩れし角煮宵祭 長濱藤樹〉=〈とろとろに煮えた肉の塊が見えてくる。いかにもおいしそうな柔らかい肉に入れた箸の感触が感じられる。客と共に賑やかに囲む食卓の様子が窺える。「宵祭」という季語の付け方が良い〉と選評。
・夏石番矢選「特選」〈出棺と共に仔猫の鳴きにけり 曽根新五郎〉=〈作り事のようでいて、そうではない一句。仔猫が飼い主の死を悟り、永訣を悲しんで鳴き出した。地味で着実な句を作る作者の傑出した日常詠〉と選評。
・夏石番矢選「秀逸」〈保険証を見せて下さい青葉風 金川清子〉
・有馬朗人選「秀逸」〈口笛のテネシーワルツ麦の秋 堀尾一夫〉
・今瀬剛一選「秀逸」〈万葉集憶良へ続く蜷のみち 金澤一水〉
・角川春樹選「秀逸」〈口笛の(前掲)堀尾一夫〉
・角川春樹選「秀逸」〈草笛の届かぬ先へ行きにけり 曽根新五郎〉
・角川春樹選「秀逸」〈葉桜のころ教会の相関図 髙山桂月〉
・岸本マチ子選「秀逸」〈雷連れて男駆けこむ甘味処 中村万十郎〉
・鈴木しげを選「秀逸」〈夫とゐる顔になりたる夕端居 松本美智子〉
・山田佳乃選「秀逸」〈母の日の薔薇のかたちの角砂糖 曽根新五郎〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)9月号「平成俳壇」
・星野高士選「秀逸」〈海女小屋の海女を待ちたる魔法瓶 曽根新五郎〉 - 毎日新聞「毎日俳壇」
・8月7日大峯あきら選〈旧道は信号なくて夏の蝶 辺見狐音〉