2018年5月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳句界」(文學の森)に石寒太主宰が連載中の「牡丹と怒濤――加藤楸邨伝」。5月号は「第62章 句集『まぼろしの鹿』時代(七)」。楸邨の第10句集『まぼろしの鹿』の特徴は、〈旅の句が多くなったこと〉、〈余裕ある自由自在の句柄がいくつか見えること〉、そして、〈骨董、いわゆる古美術の句があらわれはじめた〉こと。第三の特徴の背景にある〈楸邨の骨董趣味〉は、〈俳句仲間であった詩人・俳人の安東次男〉から〈薫陶を受け〉、〈一途になりやすい楸邨の性格から、一気にのめり込んでしまった〉もので、本章では、その様子がよく表れている楸邨のエッセイを2篇紹介しています。そして、最後に筆者(石寒太主宰)自身の経験を次のように綴っています。〈私は、昭和44年1月15日に楸邨夫妻の仲人にて結婚したが、先生はその時に、祝いの戒めの句、「これからが木枯らしの世ぞあるき神」に添えて、長泥硯と中国の立派な古墨(八角形の)をいただいた。長泥というのは、中国奥の山地で採れる泥を固めてつくった泥硯である。普通、硯は石で硬いが、これはそれとはちがって硯全体が泥で出来ているため、磨る面も非常に柔かい。そのかわり極めて細かい磨りごこちでしっかりとした重量があって、いささかも抵抗を感じさせず、良質の泥で墨が下りやすい。先生から渡されたときに、「この硯が、寒太君にはいちばん合っているのでさし上げよう。墨も大事にそのまましまって置くのではなく、何か大切なものを書いたり、句を書くときには、惜しまず使うことだね。そこに文房具の価値があるのだから。但し、石の硯とちがって少し柔かいので、洗ったり持ち運びの時には特に気をつけるように、君は少し粗忽なところがあるようだから」といわれた。その後、先生や大事な方に便りしたり、特別な句を書くときにいつも使っていたのであるが、数年後の引越しの時に、つい手をすべらせて落とし、底を少し欠いてしまった。先生のいわれたことを心に、もっと慎重に扱うべきだと悔やんだが、遅きに失してしまった。残念である〉。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)5月号の特集「追悼金子兜太」の中の「兜太さんへの追悼句+おくる言葉」に石寒太主宰が、〈春来ること信じつつ平和の死 石寒太〉の一句と、〈最期まで平和を訴えつづけた兜太。それは過酷な戦争体験がその原点になっている。俳句の世界はもちろん、その死のショックは、いま一般の人々の悲しみにまで広がりつつある〉との言葉を寄せています。
炎環の炎
- 「第19回 隠岐後鳥羽院俳句短歌大賞」(海士町観光協会主催、6月6日島根県隠岐郡海士町)が応募総数2012句の中から、5名の選者により各々特選1句、準特選1句、入選30句、佳作30句を選出のうえ、大賞1句ほか入賞11句を決定。
◎入賞「石寒太選特選」〈楸邨へ近づく島の木の芽かな 曽根新五郎〉
◎入賞「稲畑廣太郎選特選」〈小春日のS席を知る島の猫 髙山桂月〉
・有馬朗人選「入選」〈海士乃塩ふりて澄みたる雑煮かな たむら葉〉
・石寒太選「入選」〈焼火山上る背中を大南風 鈴木経彦〉
・石寒太選「入選」〈ひとひらは楸邨の遺書帰り花 曽根新五郎〉
・石寒太選「入選」〈上皇の隠岐の歌かも落し文 鈴木まんぼう〉
・石寒太選「入選」〈秋うらら楸邨句碑に佇つ寒太 松本平八郎〉
・石寒太選「佳作」〈鷹渡る遠流の歌碑を置き去りに 永田寿美香〉
・稲畑廣太郎選「入選」〈海士乃塩(前掲)たむら葉〉
・小澤實選「入選」〈白い歯を見せてはにかむ日焼の子 鈴木経彦〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)5月号の「今日の俳人」に、岡田由季が「気配」と題して、〈祝い事三つ重なる葱坊主〉〈蟻穴を出て人体を見上げけり〉など7句を発表。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)5月号の「合評鼎談」(小澤實氏・関悦史氏・村上鞆彦氏)が、同誌3月号掲載の田島健一作「紙のアジア」について、〈関「ファンタジー的な不思議な世界を俳句の中で言葉の組織から立ち上げることがうまい人ですが、今回はイメージがそこまで膨らんだものがなかった。《褞袍着て母国ぼやける大使たち》 ハンス・ホルバインの「大使たち」という有名な絵を思い出しました。ヨーロッパの着飾った大使二人が並んでいて、二人の手前に斜めにスーッと細長いものが描かれている。斜め下方から見ると、それは髑髏であるという、歪曲した表現の代表的な絵です。この句の〈大使たち〉も、身近な存在ではないから、そういうイメージを引いているのかもしれません」、村上「もっと俗に読むと、大使たちが会合などで褞袍を着て、日本文化に親しんでいる、みたいな様子か」、小澤「なんか理屈っぽいなあ。〈褞袍着て〉もぼやけます」、村上「最後の句は陽気な感じがありませんか。《雪きろくてき紙おむつ紙のアジア》」、小澤「〈紙のアジア〉って何?」、関「普通に存在する〈紙おむつ〉から言葉を探して、〈紙のアジア〉というものを立ち上げようとしたのかな。紙でできているアジア。現実ではないアジア。それが〈雪きろくてき〉と何らかの化学反応を起こすかと言うと、そうではない……。今回、相当、心情的に厳しかったんじゃないかという雰囲気が伝わってきます」、小澤「現実でなくていいから、どこかにちょっと連れていってもらいたいんですけどね」〉と合評。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)5月号付録『季寄せを兼ねた俳句手帖・夏』が、季寄せ中の「昼寝」の例句として〈耳元を砂が流れている昼寝 近恵〉を採録。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)5月号「投稿俳句界」
・鈴木しげを選「特選」〈ランナーの過ぎて枯野に戻りけり 髙山桂月〉=〈郊外のマラソン大会であろう。ランナーに伴走する車から声がとび、沿道には手旗を振っての応援の声がにぎやかである。しかし、それも一時で、あとは枯野のさびしい景があるばかりである〉と選評。
・辻桃子選「特選」〈原爆図見て白鳥の群とゐる 中村万十郎〉=〈原爆の死の世界から白鳥の生の世界に。生の世界に戻った作者は、「白鳥の群とゐる」と詠んだ。この図を見たからこそ、「群とゐる」という表現を得たのだろう〉と選評。
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈白菜の別れはいつもまつぷたつ 曽根新五郎〉
・櫂未知子選「秀逸」〈天敵のやうなふたりの年忘れ 曽根新五郎〉
・佐藤麻績選「秀逸」〈ランナーの(前掲)髙山桂月〉
・能村研三選「秀逸」〈愛憎の愛のまさりし冬りんご 曽根新五郎〉
・原和子選「秀逸」〈原爆図(前掲)中村万十郎〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)4月号「投稿俳句界」
・有馬朗人選「秀逸」〈拾得の箒転がり冬深む 永田寿美香〉
・行方克巳選「秀逸」〈拾得の(前掲)永田寿美香〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)3月号「投稿俳句界」
・今瀬剛一選「特選」〈たましひのぷかぷか浮かぶ柚子湯かな 永田寿美香〉=〈「ぷかぷか浮かぶ」という表現が効果的だ。むろん着想は柚子が沢山浮かんでいる情景から得たのだろうが、それを「魂」という言葉を得て作者の心とも響き合うようになった〉と選評。
・夏石番矢選「秀逸」〈八塩折の酒酌む十二月八日 永田寿美香〉 - 朝日新聞4月22日「朝日俳壇」
・長谷川櫂選〈春の田の混沌として水を待つ 渡邉隆〉=〈ごちゃごちゃなのではなく、すべてを生み出す命の混沌〉と選評。 - 東京新聞5月6日「東京俳壇」
・石田郷子選〈箍締めてやりたし昼のチューリップ 片岡宏文〉 - 同人誌「ペガサス」(羽村美和子代表)創刊号(4月15日)の「ぷりずむ」にて瀬戸優理子氏が《水槽の眠らない水神の旅 柏柳明子》を取り上げ、〈中にいる生命体の「いのち」を維持するために、常時、酸素を送る装置が動き続ける水槽。その様子を「水槽の眠らない水」と捉えた措辞が、掲句の大きな魅力の一つだ。そこから「神の旅」という季語への心地よい飛躍。作者の直感の冴えが見て取れる〉と鑑賞。句は『現代俳句年鑑2018』より。
- 機関誌「現代俳句」(現代俳句協会)5月号の「「現代俳句の風」秀句を探る」に月野ぽぽな氏が寄稿し、同誌投句作品からの「感銘十句抄」の一句に〈梅咲いて瞼動かすとき熱量 近恵〉を選出。
- 会報誌「多摩のあけぼの」(東京多摩地区現代俳句協会)126号(4月27日)の「一句鑑賞(「多摩のあけぼの」125号から)」において長嶺千晶氏が《平幹も喜和子もをらぬ近松忌 谷村鯛夢》を選び、〈恋の成就に死を選ぶ「近松心中物語」。初演は平幹二朗と太地喜和子。白粉が薄紅に染まり、子供だった私ですら喜和子の艶やかな色気にハッとさせられた。降りしきる雪の道行の名場面を演出した蜷川幸雄も既に亡い。追憶の中の哀しみ〉と鑑賞。
- 情報紙「定年時代」(新聞編集センター)は、首都圏の朝日新聞購読者に毎月1回(東京は2回)折り込み配達されるタブロイド紙で、その中に読者投句欄「定年俳壇」があり、選者を谷村鯛夢が担当。東京版は毎月第3月曜日配達分に、千葉、埼玉、横浜・川崎、茨城各版は第1月曜日配達分に掲載。