2018年7月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳句界」(文學の森)に石寒太主宰が連載中の「牡丹と怒濤――加藤楸邨伝」。7月号は「第64章 句集『まぼろしの鹿』時代(九)―硯の沈黙の美」。楸邨の第10句集『まぼろしの鹿』は昭和28年から41年までの句を収めています。昭和29年安東次男と出会い、その影響を受けて古美術への関心を深め、古美術を詠んだ句の現れてきたことが、『まぼろしの鹿』のひとつの特徴であると筆者(石寒太主宰)は指摘します。その楸邨と古美術の関わりについてが、第62章からのテーマとなっています。本章では、〈加藤楸邨の古美術、特に硯への傾倒は「寒雷」の仲間をも次々に巻き込んでいった。その勢いは多くの仲間たちへ伝染していった〉、その伝染した〈仲間たち〉へ目を向け、森澄雄、平井照敏、岡井省二、矢島渚男の名を挙げて、これらの人々を紹介しています。〈伝染〉の原因は、それが単なる趣味や愛好に止まらず、そこにいわば思想があったからで、〈楸邨もはじめは装飾の施された硯を多く集めていたが、そのうち沈黙する歙州硯(きゅうじゅうけん)に魅(ひ)かれていったようである。この沈黙の中に、楸邨は逆に自在な世界を発見することが出来たのだろう。この現実とはちがった形のない、まったく自由なひろがりがそこにはあった。これは、楸邨の硯への見解であるが、そのまま俳句という世界最短詩型への理論、考え方にも通ずる〉もので、極論すれば〈硯イコール俳句〉なのです。〈楸邨の古美術、骨董、とくに硯の愛好は多くの弟子たちに感染しその輪を大きくひろげた。それは美的センスだけではなく、句柄にも大きく関係し、それらの俳人の句風をふくよかに、また、大きく展げつつあるのである〉と筆者は述べています。
炎環の炎
- 「第18回竹下しづの女顕彰俳句大会」(竹下しづの女俳句顕彰会主催、7月8日福岡県行橋市)が応募総数348句から、4名の選者それぞれの特選3句、秀逸7句、佳作15句を選出。
・松清ともこ選「特選」〈ふぁの音の鳴らぬハモニカ半仙戯 永田寿美香〉=〈いつの間にか鳴らなくなったハモニカ、しかもファの音に対する郷愁と懐しきブランコ(半仙戯)と韻を踏んだ作りがみごとである。又、教師であったしづの女を顕彰する大会に相応しい〉と選評。
・尾崎隆則選「特選」〈虫干しの古書幕末の風を生む 髙山桂月〉
・松清ともこ選「秀逸」〈虫干しの(前掲)髙山桂月〉
当日句は74句(水害のため参加者が少なかった)から、同じ4名の選者がそれぞれ特選3句、秀逸7句、佳作10句を選出。
・寺井谷子選「特選一位」〈夏帯の 織目の風の生まれけり 永田寿美香〉
・寺井谷子選「秀逸」〈花茣蓙に乳の匂ひの欠伸かな 髙山桂月〉
・尾崎隆則選「秀逸」〈花茣蓙に(前掲)髙山桂月〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)7月号「平成俳壇」
・対馬康子選「推薦」〈蝶の翅止まりし眼鏡失へり 阿部胤友〉=〈顔にかけている眼鏡のふちに蝶が来て止まったのか。現実と幻想の狭間にある記憶。そして蝶の残像を内包する眼鏡を今はもう失くしてしまった。戻らぬ時間、還らぬ青春性への感覚〉と選評。 - 総合誌「俳句界」(文學の森)7月号「投稿俳句界」
・名和未知男選「秀作」(題「崖」)〈崖白きイギリス海岸柳絮とぶ 中村万十郎〉
・名和未知男選「秀作」(題「崖」)〈山刀伐の崖の細道木の芽雨 結城節子〉
・有馬朗人選「秀作」〈二月二十日多喜二兜太の反戦忌 中村万十郎〉
・有馬朗人選「秀作」〈鼻の差の勝利の新馬芝青む 堀尾笑王〉
・稲畑廣太郎選「秀作」〈紅梅の余白の空のかけらかな 曽根新五郎〉
・今瀬剛一選「秀作」〈正面の蒼き山脈桃咲けり 山内奈保美〉
・櫂未知子選「秀作」〈野生馬の風のたてがみ風光る 曽根新五郎〉 - 朝日新聞6月24日「朝日俳壇」
・長谷川櫂選〈桜桃忌憤怒の川を目のあたり 渡邉隆〉=〈6月19日は太宰治の桜桃忌。「憤怒の川」に力がある〉と選評。 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)7月号の「合評鼎談」(小澤實氏・関悦史氏・村上鞆彦氏)の中で、同誌5月号掲載の岡田由季作「気配」について、村上氏が発言し、〈最後の2句をチェックしました。 《アネモネやお腹空かせておくゆふべ》 〈お腹空かせておく〉とあえて幼稚な感じでやわらかく言ったような面白さがある。かわいらしい花の〈アネモネ〉という語感も響くのではないですか。 《人よりも雛の気配の濃くありぬ》 雛祭りの頃、ちょっと冷たい部屋に整然と飾られている雛人形に、時代を帯びた何かしらの気配を感じる。雛の間のありようが伝わってきます〉と鑑賞。
- 結社誌「斧」(はりまだいすけ主宰)7月号の「現代俳句評」(中村遥氏)が《人よりも雛の気配の濃くありぬ 岡田由季》を取り上げ、〈ただ一対の雛であろうともその気配というのは何故か人間よりも強いという感覚は誰にも共通であろう。誰もが常識的にとらえている事をずばりと一句にし、読み手をあっそうだと思わせ、納得させた句である〉と鑑賞。句は「俳句」5月号より。
- 結社誌「狩」(鷹羽狩行主宰)7月号の「秀句探索」(牛田修嗣氏)が《春めける二人羽織の箸と口 岡田由季》を取り上げ、〈二人羽織は一枚の羽織を二人で羽織って行う芸である。蕎麦などを食べて見せるのだが、どこが目やら口やら分からず大騒ぎになる。素朴な芸であるが、なかなか面白く、場内の盛り上がりは春めく季節とうまく響き合う。それにしても「二人羽織の箸と口」の省略は鮮やか。作者も手応えを感じたことだろうが、読者にとってもこの省略は痛快この上ない〉と鑑賞。句は「俳句」5月号より。