2018年10月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳句界」(文學の森)に石寒太主宰が連載中の「牡丹と怒濤――加藤楸邨伝」。10月号は「第67章 『吹越』の世界(一)」。本章より楸邨第11句集『吹越』を扱います。吹越は「ふっこし」と読み、句集は昭和51(1976)年6月24日卯辰山文庫刊、昭和41年(楸邨61歳)から昭和50年(70歳)までの1192句を収めています。本章では『加藤楸邨全集』の解題(石寒太主宰記)を引用してこの句集の概略を示していますが、それによると〈集名は巻末の三句による。「吹越」とは、「谷川岳あたりの北が吹雪になると、その一部が風に乗つて岳越しに南の山麓に飛んでくるもの」をいい、それに惹かれるのは、「吹越のくる岳の彼方の未知のものに惹かれたからであらう」(あとがき)という〉。その巻末の3句とは、《吹越に大きな耳の兎かな》《吹越や見えざる嶺々の鏘然と》《吹越の下やだんだん戦になる》。本章はさらに、当時、筆者(寒太主宰)が司会した座談会の記事を転載しています。そこではこの句集の特質について語られており、その内容をまとめれば、〈座談会でもしばしば触れられているように、『吹越』は、句集『まぼろしの鹿』の線上をひろげ、さらに自在さが増している、ということが出来る。それは、発表作品(俳句)を、主宰誌「寒雷」だけでなく、一般には目に触れることが出来ない「小説宝石」などに掲載された俳句にまでひろげて収録したこと〉によるものであり、また楸邨の〈活動範囲もひろがり、この時期シルクロードの旅へ三回も出掛け、未知の異質な風土の旅に果敢に挑戦し〉たことによるものだと述べています。〈さて、いま手元に「寒雷」創刊四〇〇号記念号がある。昭和五十一年十月刊で、ちょうど『吹越』が出て四ヶ月後のタイミングということもあって、さながら『吹越』刊行記念号の観があり興味深い。筆者が編集に当たったこともあり、当時の自分の知り合った周囲の執筆者を総動員しているがごとく、壮観である〉と寒太主宰。実際そこには、丸谷才一、井上靖、岩淵悦太郎、西脇順三郎、吉村昭ほか大勢の著名な文化人による『吹越』についての論究が載っています。
炎環の炎
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)10月号の「今日の俳人」に、三輪初子が「はさむもの」と題して、〈香水やをとこばかりのエレベーター〉〈歌ふこと泣くこと忘れ水中花〉〈紙挟みはさむものなし終戦日〉など7句と短文を発表。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)10月号「投稿俳句界」
・櫂未知子選「特選」〈約束は約束のまま星祭 曽根新五郎〉=〈「星祭」、すなわち七夕は、願いの質や多さに言及される句が多い。しかし、この作品は果たされなかった「約束」のみを詠んだ。どこかしら青春性があり、永遠に実らぬであろう初恋の雰囲気がある〉と選評。
・佐藤麻績選「特選」〈マネキンの海みるやうなサングラス 曽根新五郎〉=〈マネキンは等身大の人形で、一見して客の購買欲に訴える工夫を凝らしている。この句では夏をアピールしているらしいが、作者の感受性は見事に、そのマネキンが海を見ているようだとまで受け取っている〉と選評。
・行方克巳選「特選」〈母の日やチラシの裏の母の文字 永田寿美香〉=〈母の日のテーブルの上に、たまたま置かれてあるチラシを裏返してみるとお母さんの書いた文字が目に触れた。日頃メモ替りにチラシの裏を使うようなつましい母だから珍しくはないのだけれど、なぜか切ない気持になったのである〉と選評。
・高橋将夫選「秀作」(題「砂」)〈万緑や湧水砂を吐き出せり 山内奈保美〉
・有馬朗人選「秀逸」〈父の日やベーゴマ磨き並べをり 山内奈保美〉
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈海神の泣き出す海の夕立かな 曽根新五郎〉
・大串章選「秀逸」〈マネキンの(前掲)曽根新五郎〉
・夏石番矢選「秀逸」〈約束は(前掲)曽根新五郎〉
・西池冬扇選「秀逸」〈母の日の(前掲)永田寿美香〉
・能村研三選「秀逸」〈海神の(前掲)曽根新五郎〉 - 朝日新聞9月16日「朝日俳壇」
・長谷川櫂選〈秋刀魚食ふ貌に自信がありにけり 池田功〉 - 読売新聞9月24日「読売俳壇」
・宇多喜代子選〈腥(なまぐさ)き蛇口の水よ秋暑し 堀尾笑王〉 - 読売新聞10月15日「読売俳壇」
・小澤實選〈角打ちの常連のみよ新走 堀尾笑王〉 - 東京新聞9月30日「東京俳壇」
・小澤實選〈桃を食ふ妻のフォークと我が楊枝 片岡宏文〉 - 東京新聞10月7日「東京俳壇」
・石田郷子選〈ひっそりと書を読む巫女や小鳥来る 片岡宏文〉 - 東京新聞10月14日「東京俳壇」
・石田郷子選〈永かりし母の晩年鰯雲 片岡宏文〉 - 徳島新聞9月27日夕刊のコラム「四季の森」(土肥あき子氏)が、《雨雲に境目のあり桔梗咲く 宮本佳世乃》を取り上げ、〈境目とはふたつのものが相接するところ。雨雲に隣り合わせた雲の隙間に青空がのぞき、雨は上がるものではなく、雨を降らせる雲が通り過ぎているのだと気づく。桔梗の濃い青が晴天の落とし物のように咲きこぼれる〉と鑑賞。句は句集『鳥飛ぶ仕組み』より。