2019年11月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳句界」(文學の森)に石寒太主宰が連載中の「牡丹と怒濤――加藤楸邨伝」。11月号は「第七十九章 句集『望岳』の世界」。第六十七章(昨年10月号)から第七十七章(今年9月号)までの1年間、加藤楸邨の第11句集『吹越』を中心に語ってきた石寒太主宰ですが、前章(10月号)では楸邨第12句集『怒濤』を取り上げ、この句集が〈もっとも楸邨らしく、また句としても秀れている〉と述べました。そして本章では、楸邨の遺句集『望岳』。加藤楸邨は1993(平成5)年7月3日没。『望岳』は楸邨没後に、『怒濤』以後の1986年(楸邨81歳)から1993年(88歳)までの句の中から、441句を大岡信が選んで編集し、1996年7月3日花神社から刊行されました。この句集について寒太主宰は、〈この『望岳』でも、楸邨は詠みたいことを自分の思うように、思いきり詠んでいる。そこには、晩年の楸邨の特色が十分に出ている。そこはいいところであるが、表現方法がより観念に流れてしまった句がある。そこが、『怒濤』より弱いところである〉と述べ、〈句集を比較してみると、『怒濤』にははるかに及ばない、というのが私の評価である〉と結論しています。本章では『望岳』から、《惜しや桐蔭炎天にわが校歌残る》《不満いつぱいに生きてゐるなら虹に告げよ》《草田男つぶやき誓子独語す汗の黙》《埋み火をかきこれが波郷これが楚秋》などの句を選んで解説し、最後に〈この句集で、いちばん好きな一句を問われれば、私は次の句をあげる。 《大出目錦やあ楸邨といふらしき》 晩年、楸邨の「寒雷」の編集を手伝い、大田区北千束の旧居に何回も通った。玄関に着くと、大きな水槽に飼われた「金魚」(出目錦)が出迎えてくれた。楸邨もそのユーモラスな出目錦の貌をみて、癒されたにちがいない。「やあ楸邨といふらしき」は、まさに楸邨とその金魚との出会いを、そのまま句にしたもの。晩年の楸邨には、この他にもふっと漏れたことばが、そのまま自然に句に成った作品がいくつかある。この巧まずして、そのままことばになった自然体のユーモアこそが、他の誰にもなかった晩年の作品として、私自身は大切にしたい俳句として印象深い。これこそが楸邨の本質ではないだろうか、と思うほど好きである〉と結んでいます。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)11月号の「合評鼎談 『俳句』9月号を読む」において鴇田智哉氏、佐藤郁良氏、西村和子氏が、石寒太主宰の作品16句「永訣」について、〈[鴇田] つゝゝゝゝ付きしほうたる草へ落つ 全句、蛍で詠んでいます。それぞれ違っていて、この句は《つゝゝゝゝ》が字面的にも効いている。細長くて先が尖っている葉に付いている感じが出ています。 失くしたる子規のボールか草ほたる 何気なく、ふと思ったことでしょうが、《草ほたる》という言い方は工夫がされている。《子規のボール》と言えば野球でしょうから、それと《草ほたる》のほっこり具合が合っています。 銀河鉄道ほうたる乗せし一輛車 《銀河鉄道》に乗せたところ、単純に楽しい。《一輛車》だし、「蛍籠」に見立てるのか。[佐藤]その句、言葉も幻想的ですし、はじめから虚に遊ぶようなお気持ちでやっていらっしゃる。次の句もそういう味わいの句でしょう。 座敷わらしほうたるひとつ連れて来し [西村]最後の二句がいいと思いました。 ころがりしほうたるの朝それが死か さんざん蛍を詠んで、翌朝、蛍の最期を見届けた感じ。昨日はあんなにきれいに飛んでいたのに、朝になると死んでしまっている。《それが死か》という言い方も気持ちを表わしていると思いました。[佐藤]儚さ、小さな命をいとおしむ気持ちが見えてきて、印象的です。[西村] 闇の底曳きつつ戻るほたる狩 最後の句です。蛍狩の余韻とか、蛍狩の世界にどっぷり浸かっていたところから戻ってくる時の、《闇の底曳きつつ戻る》という言い方はとても実感があります〉と合評しています。
炎環の炎
- 総合誌「俳句αあるふぁ」(毎日新聞出版)2019年秋号(9月14日)に、宮本佳世乃が「来る勿れ」と題して、〈からすうりの花祝日の金盥〉〈来る勿れ露草は空映したる〉〈風強き日の蓑虫の昼日中〉など7句を発表。
- 「第11回清瀬市石田波郷俳句大会」(同大会実行委員会主催、10月27日東京都清瀬市)が応募総数1,200句(一般の部)の中から、7名の選者(石寒太主宰、奥坂まや氏、岸本尚毅氏、鈴木しげを氏、高橋悦男氏、徳田千鶴子氏、能村研三氏)により各賞を選出。
・高橋悦男選「特選」〈朝顔の波郷の紺のひらきけり 曽根新五郎〉
・高橋悦男選「入選」〈花火果て海の漆黒戻りけり 鈴木経彦〉
・徳田千鶴子選「特選」〈てのひらの綿虫風の軽さかな 曽根新五郎〉
・徳田千鶴子選「入選」〈いのちひとつ手の中にあり螢の火 結城節子〉
・鈴木しげを選「入選」〈雁やビルマに消えし叔父のふみ たむら葉〉
◎第11回石田波郷新人賞「準賞」平野皓大(炎環新人句会に参加)「思ふとき」(作品は20句1組、応募総数92編)
同大会には、齊藤朝比古が新人賞選考委員、谷村鯛夢がジュニアの部の選者として参加。 - 総合誌「俳句界」(文學の森)11月号「投稿俳句界」
・岸本マチ子選(題「朝」)「秀作」〈朝まだき博多山笠天翔る 永田寿美香〉
・茨木和生選「秀逸」〈よく笑ふこともリハビリ生身魂 曽根新五郎〉
・角川春樹選「秀逸」〈毒殺はアガサの手口立葵 永田寿美香〉
・田島和生選「秀逸」〈くつきりと沖の神島釣忍 山内奈保美〉
・山尾玉藻選「秀逸」〈さくらんぼ一人は欠けてしまひけり 曽根新五郎〉 - 東京新聞10月27日「東京俳壇」
・石田郷子選〈妻に重くなりたる引き戸居待月 片岡宏文〉 - 読売新聞10月28日「読売俳壇」
・小澤實選〈押して行くパンク自転車花野道 堀尾笑王〉 - 結社誌「阿吽」(塩川京子代表)10月号の「句集紹介」(吉田哲二氏)が、倉持梨恵句集『水になるまで』を取り上げ、《春の雪触れれば消えてしまふ色》など19句を選出して、〈平明にして新鮮。なかなか並立しがたいことを、さらりと実践していると思う。普通は新鮮さを求めると、つい小手先の技巧に走ってしまうところだが、著者はそんな陥穽とはまったく無縁である。句材の切り取り方が印象的で、それに女性らしい清潔感がある。若いながらその句歴は既に二十年。確立された独自の世界があるといっていいだろう〉と紹介。
- 結社誌「田」(水田光雄主宰)10月号の「俳句展望」(上野犀行氏)が、倉持梨恵句集『水になるまで』から10句を選び出して鑑賞、《桜餅てのひら打つて笑ふ癖》に対しては〈笑う時に手のひらを打つ癖。ただそれだけのことだが、「桜餅」という季語に不思議と響き合う。一読することで、今井杏太郎の句のように、じわりじわりとした詩情が押し寄せてくる〉と、《両耳に一月の風受け止める》《くぐりたる春セーターの静電気》《髪の毛の芯から湯冷めしてをりぬ》《走り梅雨目覚ましの音探る指》に対しては〈作者は、対象のどこに焦点を当てるかの表現に長けている。一月の風を受け止めるのは全身ではなく「両耳」、くぐるのは春セーターでなく「静電気」、湯冷めするのも全身ではなく「髪の毛の芯」、指が探るのは目覚ましでなく「音」なのである〉と記述。
- 結社誌「駒草」(西山睦主宰)10月号の「どうよ!この俳句」(西山ゆりこ氏)が、《秋の蝶明日の空へ消えにけり 倉持梨恵》を取り上げ、〈掲句の余白は大いなる興奮をくれる。余白で出来ている句と言ってもいい。一読、「蝶」と「明日の空」とあればポジティブ万歳。なのだが、蝶は「秋の蝶」だし、飛び立つのではなく「消えにけり」。足を引っ張るようにトーンダウン。説明が無いことで、作者の描きたい「明日」が語られる。夏のジェットコースターを降りた後の、退屈で億劫ですらある「素の明日」が。しかし、どこか安堵感もあるような…〉と鑑賞。句は句集『水になるまで』より。
- 結社誌「沖」(能村研三主宰)10月号の「沖の沖」(主宰抽出)が、当月の13句の一つに《葡萄ひとつぶ指先の記憶力 倉持梨恵》を採録。句は句集『水になるまで』より。
- 中國新聞セレクト9月19日芸能・文化面の「俳句」欄にて関悦史氏が、中嶋憲武句集『祝日たちのために』を取り上げ、〈一見不可思議な作風。しかし《あをく泳いで具象画のやうな疲れ》《葛湯吹いて馬の体躯の夜がある》の意想外な言葉の組み合わせは、やはりその向こうに豊かな感情と記憶の領域を含んでいる。その具象・抽象をまたいだ言葉の飛躍は、うっすらと聖性をはらんだ寂しい快感へと開けていて、耽美的な句にありがちな我執は希薄。《はじめしづかな法案いそぎんちやくひらく》〉と批評。
- 愛媛新聞10月1日のコラム「季のうた」(土肥あき子氏)が、《十月のひかりの橋を渡りけり 宮本佳世乃》を取り上げ、〈猛暑から残暑へ続く試練をようやく体が忘れた頃、秋の大気は美しく引き締まる。美しい青空と川面に刻まれる細やかなきらめきの間で、橋はおだやかな光に包まれる。橋の先には日本の美しい秋が待っている〉と鑑賞。句は2013年10月の朝日新聞掲載より。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)11月号付録『季寄せを兼ねた俳句手帖・冬』が、ページ欄外に記載している秀句の一つに、〈五歳児に早やある昔お元日 谷村鯛夢〉を採録。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)11月号の「俳壇ヘッドライン」が「第11回石田波郷新人賞選考会」の記事を選考委員らの集合写真とともに掲載。写真内に齋藤朝比古、谷村鯛夢。