2019年12月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 結社誌「若竹」(加古宗也主宰)11月号の「一句一会」(川嵜昭典氏)が《つゝゝゝゝ付きしほうたる草へ落つ 石寒太》を取り上げ、〈何の説明もいらない、楽しい一句。「つ」の繰り返しが、体に何頭も付いている蛍を想起させ、最後の「落つ」の「つ」が、落ちた蛍の最後の一頭のようにも表現している。しかしながら、単に楽しいだけではなく、落ちた後の寂しさや哀愁もこの句からは滲み出ている〉と鑑賞しています。句は「俳句」9月号の「永訣」より。
- 結社誌「ひいらぎ」(小路智壽子主宰)11月号の「現代俳句の鑑賞」(岸本隆雄氏)が《〈象徴〉に生きし上皇ほたるの火 石寒太》を取り上げ、〈上皇様は各地を精力的に訪問され、国民との間で意思疎通を図りながら、象徴という形を作り上げられた。昔から詩歌の世界では、螢の光に恋の思いを託し、魂になぞらえた。〈象徴〉を「螢の火」のようだと表現し、見事な取り合せの句となった〉と鑑賞しています。句は「俳句」9月号の「永訣」より。
- 結社誌「天塚」(宮谷昌代主宰)11月号の「現代秀句鑑賞」(渋谷直氏)が《銀河鉄道ほうたる乗せし一輛車 石寒太》を取り上げ、〈夢の世界を詠った一句であろう。眠りにつくと迎えに来る一輌車。夜空が晴れわたり、涼やかな夏の星がみられるはず。蛍を乗せた銀河鉄道は幻想の世界であり、メルヘンの世界に誘われる〉と鑑賞しています。句は「俳句」9月号の「永訣」より。
- 同人誌「遊牧」(塩野谷仁代表)No.124号において藤野武氏が《さざなみの蛍のひかり山毛欅の淵 石寒太》を取り上げ、〈美しい映像である。「さざなみ」とは蛍の光によって、闇の中から見えてくる水の揺らめきなのだが、同時にそれは、水の流れによって揺り動かされる「蛍のひかり」の命の震えのことでもあるのだ。そして「蛍の光」とは、作者の思いの喩でもあると、私は想像する。「俳句」誌の掲句を含む作者の作品群は、すべてホタルをモチーフにして書かれてはいるが、しかし「永訣」という題が示すように、人間存在や生き物やその命といったことが、通奏低音となっていて、それこそが作者の発想の中心にあるものだと思われるのだ〉と鑑賞しています。句は「俳句」9月号の「永訣」より。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)に石寒太主宰が連載中の「牡丹と怒濤――加藤楸邨伝」。寒太主宰の話によると、福岡の文學の森本社から、突然、連載を打ち切りたいとの申し入れがあったそうです。それにより12月号は「最終回」、テーマは「楸邨の晩年の作句法」です。〈楸邨伝のしめくくりとして、楸邨の晩年の作句法“書句一体”を考え、書句集『雪起し』について触れておきたい〉と寒太主宰。書句一体とは、硯で墨を磨り、筆を使って「書」を書くことと、俳句を作ることを一つにした作句法で、この方法で生み出された最も著名な句が「百代の過客しんがりに猫の子も」です。〈書句集『雪起し』は、昭和六十二年五月二十六日、加藤楸邨の誕生日に合せて出版された。求龍堂刊〉ですが、〈もともと句集として出版されるために書かれたものではない。書と句をひとつにするという方法によって楸邨が書いたものが先にあって、それをたまたま姜琪東(「寒雷」同人・元アートネイチャー社長・現文學の森顧問(代表取締役会長))が自分の地元福岡の美術館で『加藤楸邨の世界展』という筆墨展を企画した〉。展覧会では楸邨が〈日頃書いている筆跡(昭和五十四年から五十八年まで)の中から選び展示することになったが、カタログという小冊子のみを発行するのはあまりに惜しい、そこで姜氏の希望により書句集として出版することになった。だからこの書句集は、姜氏の功績が非常に多大であった〉と記述しています。最終回に当たり寒太主宰は、〈迅速に無常を尽すこと。会い別れることは俳諧師の常。会い方の工夫はそのまま別れ方の工夫でなければならない。そうでなければ旅の終りはない。芭蕉は(おくのほそ道の)冒頭で言っている。「月日は百代の過客」――と。そこに芭蕉の未完の情をうかがうことが出来た〉。〈八十回におよぶこの長い連載が出来たのは、「文學の森」の社長だった姜氏の、「思う存分書きたいだけ書いて欲しい」という一言によってはじまったためである。幸運の連載であった〉と述べています。
炎環の炎
- 総合誌「俳句界」(文學の森)12月号「投稿俳句界」
・有馬朗人選「特選」〈老いて去る船窓の顔島の秋 曽根新五郎〉=〈若い時代に八丈島とか、伊豆大島のような離島に来て、そのまま住んでいたが、年取ってからその島を去って行く人の姿である。船窓から長年住んでいた島、それも秋に美しい島をじっと見つめている姿も描いたところが佳い〉と選評。
・大串章選「特選」〈小さき子の大きな祈り原爆忌 堀尾笑王〉=〈原爆忌には平和を祈り核兵器に反対する催しが各地で行われる。この句、「小さき子」「大きな祈り」と言ったところが心にひびく〉と選評。
・大串章選「秀逸」〈秋立つや死者に届きし健診票 結城節子〉
・佐藤麻績選「秀逸」〈白靴の汚れぬままに逝きにけり 結城節子〉
・西池冬扇選「秀逸」〈パソコンの再起動待つ夜の秋 松本美智子〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)12月号「令和俳壇」
・岩岡中正選「秀逸」〈鈴虫や火星に淡き沢の跡 このはる紗耶〉 - 日本経済新聞11月2日「俳壇」
・黒田杏子選〈しばらくは独りの時間蕎麦の花 谷村康志〉 - 産経新聞11月7日「産経俳壇」
・寺井谷子選〈休校の報せまだ来ず台風圏 谷村康志〉 - 日本経済新聞11月9日「俳壇」
・黒田杏子選〈小鳥来しことも日記に五行ほど 谷村康志〉 - 朝日新聞11月10日「朝日俳壇」
・高山れおな選〈英会話セットの届く神の留守 谷村康志〉 - 毎日新聞11月12日「毎日俳壇」
・片山由美子選〈両隣より木犀の香り来し 谷村康志〉 - 日本経済新聞11月23日「俳壇」
・黒田杏子選〈林檎剝く方程式に悩む子へ 谷村康志〉 - 毎日新聞11月25日「毎日俳壇」
・鷹羽狩行選「特選」〈返り花かるく挨拶したるさま 谷村康志〉=〈冬に咲く季節はずれの花が「返り花」。どこかさびしげだが、心をやわらげてくれる〉と選評。 - 毎日新聞12月2日「毎日俳壇」
・片山由美子選〈手に取ればまだ日の温み柿落葉 谷村康志〉 - 産経新聞12月4日「産経俳壇」
・宮坂静生選「特選」〈牡蠣割女振つた男の話など 谷村康志〉=〈冬の辛い牡蠣割女の仕事。威勢のいい振った振られた痴話が単調な冷え仕事に活気を生む。浜のかみさんたちの笑い声が聞こえる。牡蠣を剥き出す生業に付き物〉と選評。 - 朝日新聞12月8日「朝日俳壇」
・大串章選〈憂国忌三島由紀夫が生きてたら 池田功〉=〈「生きてたら」とはよく思うことだが、特に三島由紀夫の場合はその思いが強い〉と選評。 - 読売新聞12月10日「読売俳壇」
・小澤實選〈今朝の冬男のつくるハムエッグ 堀尾笑王〉 - 「第12回尾瀬文学賞俳句大会」(11月3日群馬県片品村)が応募総数478句(一般の部)の中から、木暮陶九郎ほか2名の選者により、特選1句、特別賞各賞1句ずつ全12句、優秀賞10句、入選10句を選出。
○優秀賞〈きすげ原雲に蹤きゆく歩荷かな 北悠休〉 - 毎日新聞11月25日歌壇・俳壇面の「新刊」コーナーが、倉持梨恵句集『水になるまで』を紹介して、〈のびやかな作風と、ものの意外な側面を切り取ってくる視点に心惹(ひ)かれる。《どこまでも冬空無知といふ自由》《旅先の言葉の起伏夏のれん》《夕暮れになりそこねたる金魚かな》〉と記述。
- 総合誌「俳句αあるふぁ」(毎日新聞出版)2020年冬号の「暮らしの歳時記365日」が、1月16日の句に《マフラーをぐるぐる巻きにして無敵 近恵》を採録し、〈おしゃれなど気にせず、マフラーをぐるぐると巻いて厳しい寒さに立ち向かう、強い目をした少女の姿が思い浮かびます。これから先何があるかわからない、でも何があっても大丈夫です。自分の強さを信じられれば〉と解説。
- 結社誌「鷹」(小川軽舟主宰)12月号の「本の栞」(伊藤衒叟氏)が、倉持梨恵句集『水になるまで』を取り上げ、《挨拶の声のよそゆき春の泥》《冷酒の女に派閥ありにけり》《私からわたしへ戻る桜の夜》に対して、〈いつでも「つながり」を持てるようになったからこそ、少し遠ざかりたい。しかし、遠ざかろうとすればするほど、却って「よそ」の振る舞いや「閥」の係わりは避けられない。つながりから離れるために、つながりに近づいておく。せめて独りで居るときくらいは、「私」という服を脱ぎたくなる〉と鑑賞。
- 結社誌「泉」(橋本美和子主宰)12月号の「俳句の扉」(主宰抄出)が、〈水鳥の水になるまで旋回す 倉持梨恵〉を採録。句は句集『水になるまで』より。