2020年3月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 同人誌『群青』(佐藤郁良氏、櫂未知子氏ほか)2月号の「句集を読む」において山田風太氏が石寒太句集『風韻』を取り上げ、「いのちのはざま」と題し、 〈生と死とそのはざま、それこそがこの句集のテーマであろう〉として、18句を選んで鑑賞しています。そのうち《新年の歯刷子揃へ入院す》に対して〈上五中七の希望に満ち溢れあふれた新年の情景と一変して入院という言葉に行き着く。いかにも入院が突然やってきたような描きぶりに、はっと息を呑む〉、《健啖の齢のはるか豊の秋》に対して〈この静かに達観した態度は何だろうか。これほどまでに自身の生について穏やかに眺めていられる余裕が作者にはあるのだ〉、《原子炉の白き時間よ花馬酔木》に対して〈「白き時間」は、事故からの空白の時間とともに、原子炉自体のどこかしら真っ白なイメージを思わせる〉、《初木枯表札に父生きてをり》《蚰蜒の脚ぐづぐづにくづれをり》に対して〈これらは写生が効いている句である。一句目の気の利いた発見をなしうるのが、生と死を眺める視線であり、それが二句目の絶妙なオノマトペを生み出す源でもあるに違いない〉と記述しています。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)3月号の俳人「超」大アンケート「あなたの座右の書を教えてください」に石寒太主宰は、〈『かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば』齋藤孝著〉と回答しています。また、澤井洋子氏(貝の会)が〈石寒太著『これだけは知っておきたい 現代俳句の基礎用語』〉を、森野稔氏(森)が〈石寒太著『鑑賞秀句100句選 加藤楸邨』〉を座右の書に挙げています。
炎環の炎
- 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)3月号の「現代俳句の窓」に、倉持梨恵が「本棚」と題して、〈本抜けば緩む本棚夜半の冬〉〈静電気とつり銭貰ふ霜夜かな〉〈鉢植の蕾不揃ひ春隣〉など6句を発表。
- 「第35回富澤赤黄男顕彰俳句大会」(愛媛県八幡浜市)が応募総数2,624句から、富澤赤黄男賞など13の各賞1句ずつ、入賞13句と、石寒太主宰を含む7名の招待選者、11名の特別選者による特選各3句、秀作各10句、佳作各20句を発表。
◎「富澤赤黄男賞」〈賞味期限八月十五日の卵 武知眞美〉=神野紗希選「特選」〈ふと手にした卵の賞味期限が、終戦を迎えた八月十五日であることに気づいた。偶然を超えて運命的な感覚が襲う。私は、あの八月十五日と地続きの今を生きている。戦中、卵は貴重品だった。《広島や卵食うとき口開く 西東三鬼》を思い出せば、より禍々しいイメージが立ち上がる〉と選評。後藤明弘選「特選」〈戦時中は、食事情が非常に貧しく、生きてゆくのが精いっぱいだった。物価の優等生と言われる卵。作者は、八月十五日期限の卵に見入っているのだ〉と選評。茨木和生選「秀作」、石田洋子選「秀作」。
・坪内稔典選「特選」〈蛇の舌キスの綴りにSふたつ 田辺みのる〉=〈蛇の舌がちょっと妖しい。熱いのか、それとも冷たい?ともあれ、二つのSが蛇の舌みたいだ〉と選評。
・櫂未知子選「特選」〈修羅ひとつ臍に飼ひたる赤黄男の忌 永田寿美香〉=〈やや難しいと思われる内容だが、迫力のある作品である。「修羅」はかつて赤黄男の中にもあっただろうし、今を生きる作者のうちにもひそむものなのだ。中七のうまさに唸らされた〉と選評。
・河村正浩選「特選」〈秋の風ユトリロの街抜けて来し 小池たまき〉=〈ユトリロと言えばモンマルトルなどパリの風景画で知られる。この句は実体験というよりも、ユトリロやパリへの憧れが秋風の情趣と相俟って既視体験とみた。ユトリロファンの一人として見逃せなかった〉と選評。
・石田洋子選「特選」〈ぎしぎしや語尾のふるさと訛りかな 原紀子〉=〈ぎしぎしは、湿地に自生し五月から七月頃淡緑色の小花をつける。地方から都会に出た時、古里の訛が抜けなくて苦労する話をよく聞く。年月を経ても、まだ語尾には訛が残っている。それを嫌がるのではなく、古里を誇りに思い懐かしんでいる優しい句に共感を覚える〉と選評。早川みちこ選「佳作」。
・上田日差子選「秀作」〈瀬戸内や布引くやうに秋の空 武知眞美〉
・神野紗希選「秀作」〈「おはやう」「おはやう」三月十一日 田辺みのる〉
・神野紗希選「佳作」〈少し作る電話の声よ瑠璃とかげ たむら葉〉
・小西昭夫選「秀作」〈逃げ水をくぐり過去から人の来る 田辺みのる〉
・河村正浩選「佳作」〈意地悪な人の背が好きいのこづち 原紀子〉
・川内雄二選「佳作」〈ひび割れて鶏冠乾きし羽抜鳥 原紀子〉
・石田洋子選「佳作」〈一輪の黄菊ナースの仮眠室 小池たまき〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)3月号が「第14回角川全国俳句大賞」の選考結果を発表。応募総数11,735句から、10人の選者が特選各7句を選出し、18の各賞を決定。
○「自由題部門準賞」〈遠くまで飛魚の飛ぶ喪あけかな 曽根新五郎〉=鍵和田秞子選「特選」 - 総合誌「俳句界」(文學の森)3月号「投稿俳句界」
・高橋将夫選(題「風」)「特選」〈ゆく雁は雁諦観の風見鶏 髙山桂月〉=〈飛べない風見鶏が大空を渡る雁を見て「雁は雁、自分は自分」と達観したと作者は詠む。「雁は雁」はきっと作者自身の思いに違いない〉と選評。
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈風神の二百十日の袋かな 曽根新五郎〉
・大串章選「秀逸」〈短日や好きも嫌ひも女偏 永田寿美香〉 - 産経新聞2月13日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈煤逃げの競馬に銭を奪はれし 谷村康志〉 - 産経新聞3月5日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈葉に隠れ女体のごとき桜餅 谷村康志〉 - 東京新聞2月23日「東京俳壇」
・小澤實選〈地下街の柱の化石雪まつり 渡辺広佐〉 - 毎日新聞3月2日「毎日俳壇」
・片山由美子選〈白息をゆつくり吐いて切り出せり 山内奈保美〉=〈深呼吸して自分を落ち着かせ、言いにくいことを切り出す。白息の寒々しさがその場を象徴〉と選評。 - 毎日新聞3月9日「毎日俳壇」
・西村和子選〈ブレーカー落ち玄関に雪女郎 谷村康志〉 - 読売新聞3月17日「読売俳壇」
・矢島渚男選〈晩酌は目刺二本と発泡酒 谷村康志〉 - 毎日新聞3月17日「毎日俳壇」
・鷹羽狩行選〈脇役としての生涯冬いちご 谷村康志〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)3月号の特集「河東碧梧桐」における「碧梧桐一句鑑賞」に、柏柳明子が寄稿。《吃る末子が梅に来る鳥の話する》の句を引き、〈小さな存在(子)が見つけた小さな事実や発見(梅の花や鳥)を言葉に詰まりつつ懸命に伝えんとする映像が、早春の光のような初々しさを伴い読者の心へ広がる。幼少時の発症が多いとされる吃音。発症要因はさまざま、環境等の調整が必要なケースもあるらしい。複雑な背景を句に匂わせつつ、子の視線の先へ共に目をこらす大人(碧梧桐)。その刹那、世界は二人だけのものだったに違いない〉と鑑賞。
- 機関誌「現代俳句」(現代俳句協会)3月号の「今、伝えたい俳句 残したい俳句」に柏柳明子が寄稿し、同誌12月号特別作品より5句を選んで鑑賞。《はじまりのおわりのはじまりのなまこ 前田霧人》に対しては〈際立つユーモア。それは確かな観察力があるからこそ。表記がすべて平仮名という点も海鼠の描写にぴったり。そして、海鼠のことを詠みながら「はじまりもおわりも判然としない」のは人類も同じなのではないかしらん。そんな印象すら受ける。この俯瞰こそ批判精神であり、俳句の強みの一つともいえるだろう〉、《花冷や鏡の奥へ返事する 大竹照子》に対しては〈鏡に向かって化粧中のところを、たまたま話しかけられて返事しただけだったのかもしれない。しかし、ふと目の前に写る自分の顔と部屋の様子の先に異なる空間と時間の気配を覚えたのか。「奥」という言葉の重みに花冷という季語が響き合い、美しく不思議な世界を描き出している〉と記述。
- 毎日新聞3月8日のコラム「季語刻々」(坪内稔典氏)が、《風光る丘の話をしてゐたる 宮本佳世乃》を取り上げ、〈季語「風光る」は晴れた日のかがやくように感じられる風、きらきら吹く。この季語、当代の人気季語の一つである。この句は、光る風がどこかの遠い丘を連想させたのであろうか。作者はその丘に登りたい気分になっただろう〉と鑑賞。句は句集『三〇一号室』より。
- 結社誌「鴫」(髙橋道子代表)2月号の「今月の二冊」(松林依子氏)が、倉持梨恵句集『水になるまで』を取り上げ、その中から9句を選んで鑑賞。《短夜の仕上げは軽く塩胡椒》に対しては〈日常のちょっとしたことをさり気なく切り取って一句に仕立ててしまう氏。意表を突いた比喩が楽しく洒落た句〉、《夏きざす言葉を仕舞ふ冷蔵庫》に対しては〈声に出す、あるいは句にする言葉を、腐らせぬようひとまず冷蔵庫に仕舞う。その発想の斬新さ、意外性が面白い〉、そして全体に対して〈投げかけられた言葉に、筆者自身の感性が試されていると思った句の数々。独自な感覚世界を詠み上げる作者の若さとのびやかな感性が横溢した句集である〉と記述。
- 結社誌「諷詠」(後藤比奈夫主宰)3月号の「現代俳句私評」(菅原くに子氏)が《初夢や決済のみなキヤツシユレス 増田守》を取り上げ、〈この頃欧米のようにキャッシュレス化の波が押し寄せて来ている。筆者もキャッシュレスにしようか迷うこの頃である。このお句の作者もまだキャッシュレスにはされておられないようだ。「初夢」「決済のみな」とおっしゃっているから。夢の中でオールキャッシュレスの時代を体験されたのではと、推察する〉と鑑賞。句は「俳句界」1月号より。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)3月号の俳人「超」大アンケート「あなたの座右の書を教えてください」に、近恵は〈石寒太著『俳句日暦』=初心の頃、俳句の読み方や解釈の仕方をこの書で学びました〉、齋藤朝比古も〈石寒太著『俳句日暦』〉、西川火尖は〈小林恭二著『青春俳句講座』〉、宮本佳世乃は〈阿部完市著『絶対本質の俳句論』=時間論・音韻論・定型論として考えを展開。悩んだときにいつも開く〉、三輪初子は〈小林恭二著『俳句という愉しみ』=八名の熟練俳人が生み出す、名句誕生の句座の醍醐味を体験する〉とそれぞれ回答。