2020年11月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 10月25日東京都杉並区の「角川庭園」にて石寒太主宰が講演、題して「恩師角川源義を語る」(当日ライブ配信)。寒太主宰は、大学時代と、その後就職した角川書店において、角川書店の創業者である角川源義から指導を受けました。源義の命日(秋燕忌)に合わせて行われたこの講演では、寒太主宰がその思い出を語り、源義の代表句を解説しました。
炎環の炎
- 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)11月号の「現代俳句の窓」に柏柳明子が「かたつぽ」と題して〈かたつぽのピアスの消えし昼の月〉〈林檎剝く鼻の先よりくつろぎぬ〉など6句を発表。
- 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)11月号の「精鋭16句」に柏柳明子が「螺子」と題して〈置かれたるところが上座大西瓜〉〈二百十日圧力鍋に眠る肉〉〈干柿を気高きかほの嚙んでゐる〉〈冬銀河最後の螺子の締まりけり〉など16句を発表。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)11月号「投稿俳句界」
・高橋将夫選(題「動」)「秀作」〈黒南風や一旦止まる自動ドア 髙山桂月〉
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈海底の砂に晩夏の波紋かな 曽根新五郎〉
・今瀬剛一選「秀逸」〈北山の竹のさゆらぎ新豆腐 結城節子〉
・大串章選「秀逸」〈万緑の赤子の一歩一歩かな 山内奈保美〉
・古賀雪江選「秀逸」〈五能線折に触れもし青林檎 小田桐晃史〉
・辻桃子選「秀逸」〈旅のもの小さくたたむ夜の秋 松本美智子〉 - 毎日新聞10月13日「毎日俳壇」
・鷹羽狩行選〈雨音のいつしか虫の音となりぬ 谷村康志〉 - 産経新聞10月15日「産経俳壇」
・寺井谷子選〈子の影を畦に遊ばせ曼珠沙華 谷村康志〉 - 読売新聞10月19日「読売俳壇」
・小澤實選「一席」〈運動会わが子よもつと腕を振れ 谷村康志〉=〈運動会の短距離走である。ふるわない我が子に、おのずと声が出てしまう。腕をもっともっと大きく振れば、かならずやスピードがより出るはずなんだが〉と選評。 - 産経新聞10月22日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈風鈴のほかに目立つた遺品なく 谷村康志〉 - 毎日新聞10月26日「毎日俳壇」
・片山由美子選「一席」〈虫時雨書斎の窓を少し開け 谷村康志〉=〈既に夜は気温が下がってきている頃だろう。心地よい虫の音を聞くために、窓を少しだけ開けたというのがポイント〉と選評。 - 日本経済新聞10月31日「俳壇」
・黒田杏子選〈徘徊のことを日記に十三夜 谷村康志〉 - 「第三十一回伊藤園お~いお茶新俳句大賞」(株式会社伊藤園・10月1日オンライン発表)が、応募総数195万句(英語俳句約3万句を含む)から11名の選者(浅井愼平、安西篤、いとうせいこう、金田一秀穂、黒田杏子、夏井いつき、宮部みゆき、村治佳織、吉行和子、アーサー・ビナード(英語)、星野恒彦(英語)各氏)により文部科学大臣賞、金子兜太賞ほか入賞作品2,000句を決定して発表。
○「都道府県賞(千葉県)」〈もたれくる二歳の重さ夕薄暑 松本美智子〉
○「佳作特別賞」〈猫柳ほつほつ風の句読点 内野義悠〉
○「佳作特別賞」〈夏休みマスをはみ出す句読点 前田拓〉 - 「第74回芭蕉翁献詠俳句」(伊賀市・公益財団法人芭蕉翁顕彰会・10月12日)
・茨木和生選「入選」〈魚の骨きれいに残すアロハシャツ 松本美智子〉 - 「第2回夏井いつきのおウチde俳句大賞」(株式会社朝日出版社・9月19日ライブ配信)
○風呂部門「最優秀賞」〈追焚きにしりしりそそけゆく寒夜 このはる紗耶〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)11月号の「合評鼎談」(三村純也・山尾玉藻・山口昭男の各氏)の中で、同誌9月号掲載の田島健一作「心理の樹」について、〈山口「《感染のしずけさ遊具をのぼる蛇》――静かに広がってくるコロナウイルスの感染。そんな不気味な世の中を、これまた不気味な蛇が重なってきている。それも、子どもたちが遊ぶ遊具を登って、さらに不気味さを重ねている。この〈しずけさ〉と不気味さが融け合っています」、山尾「子どもたちがいつも遊んでいた遊具を今は蛇が探るように登っているとは、本当に怖くて恐ろしい景色です。これは嘱目詠で、こういうことに出会った俳句は思いがけない力を得るんだなとつくづく思いました」、山口「《式場の裏きくらげが細い木に》――〈きくらげ〉をこれも不気味に描いているのですが、この式場は結婚式ではなく、葬儀場のようにも思えます。細い木にびっしりとこびりついている〈きくらげ〉が落ち着かない心情を表しているようです。シニカルな句です」〉と合評。
- 結社誌「小熊座」(高野ムツオ主宰)10月号の「渾天儀――感銘句より」において、なつはづき氏が《蒲公英の絮吹く強敵の予感 柏柳明子》を取り上げ、〈なぬ?絮を仲良く吹いているように見えて実は隣をがっつり意識しているのか。他愛もない遊びの中にも競争心が芽生えている、と読んでしまうと味気ない。絮を運んでいるのは風なのだ。吹いた本人達の思惑や作戦も及ばない、行き先さえもコントロール出来ないものによって運ばれる絮。そしてそれは、別の大地に辿り着き、新たな優しき命となる。よし一緒に吹こう。隣に人が居る幸せ、競える幸せ。一緒に吹く人はやっぱり強敵がいい〉と鑑賞。句は句集『柔き棘』より。
- 結社誌「門」(鳥居真里子主宰)10月号の「風韻抄」(主宰)が、当月6句のうちの1句に、《満月へ鼓動の同期してゐたり 柏柳明子》を採録。句は句集『柔き棘』より。
- 結社誌「門」(鳥居真里子主宰)10月号の「玲玲抄」(桐野晃氏)が、《抱きしめられてセーターは柔き棘 柏柳明子》を取り上げ、〈あたたかなセーターの、その毛先が首筋にもたらした微かな痛みは「抱きしめられる」という行為によるものだ。恋愛における感情のやり取りの中にあって「柔き棘」を感じ取っている掲句からは、凛とした眼差しが見えてくる〉と鑑賞。
- 埼玉新聞10月11日のコラム「俳句はいま」(神野紗希氏)が、「代替可能性を生きる切実」と題して柏柳明子句集『柔き棘』、関根誠子句集『瑞瑞しきは』に触れつつ批評、〈非正規雇用の増加、グローバルな競争、AI技術進展などにより、個人のかけがえのなさが危機にさらされている。私の代わりはいくらでもいるという代替可能性が、現代の生きづらさをつくる土台だ。危機を生きる心は、俳句にも反映されつつある。《一人づつタイムカードを押して霧》《群れるほど淋し金魚も教室も》《いなびかりタンパク質のわたしたち》。「柔き棘」から。1句目は退勤風景。職場の役割を離れたら、個人の顔は霧にまぎれ見えない。2句目、個性の消失を「淋(さび)し」と評した。3句目に至っては人間をタンパク質と定義。稲光が人間全てを同質な影と成す。「瑞瑞しきは」には、終末を生きる者の透徹した眼がある。《二〇三〇年マクドナルドあるか月あるか》《コトバモテヒトアヤメラルキリギリス》、世界とはいかに壊れやすいか。《タイタニックは沈み炬燵に我残る》。ドラマから取り残された平凡な私は、しかし確かに今、ここに在る。代替可能な私たちが、それでも今を生きること。そのはかない一回性を詠まんと苦心するとき、現代の切実が宿るのだ〉と記述。