2021年1月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 石寒太主宰の編著による『ハンディ版オールカラー よくわかる俳句歳時記』がナツメ社より1月5日に刊行されました。寒太主宰は序文に、〈私は2010(平成22)年10月に『オールカラー よくわかる俳句歳時記』をナツメ社より刊行しました。以後10年間にわたり多くの愛読者を得て売れ続け、いまもなお親しまれています。しかし、本の造りとして少し厚く重く、バッグに入れて吟行や旅行に携帯できるもっとコンパクトなものはできないかと、ずっと考えてきました。このたび長きにわたる苦労の末、ようやくハンディ(新書版)で使いやすいオールカラーの歳時記として新たに刊行し、日の目を見ることができたことはうれしい限りです〉と述べています。
炎環の炎
- 万木一幹が、句集『訪ふ』を紅書房より2020年12月14日に刊行。序文を石寒太主宰が「リアル感を大切に」と題して認め、〈『訪ふ』にはずい分と旅の句が多いことが目立つ。いろいろなところを訪れている。まずシルクロードの旅がある。これは彼が気のあった友人たちと二〇一二年に半月ほどかけて絹の道を旅した記録である。旅の途上で出会った土地の人々の生活、習慣がその場に居合わせたように伝わってくる。また土地柄のスケールの大きさもよく描かれて、一句一句が躍動している。このシルクロードを除く、その他の海外、国内の旅のほとんどは、私も同行していて、読んでいてその臨場感がよく伝わってくる。私としても一緒したその時々が昨日のように思い浮かんで懐かしい。中でも、特に私にとっても一幹さんにとっても忘れられない印象的な旅は、昨年末までの二年間、約一カ月おきに旅立った芭蕉の「おくのほそ道」を廻る旅である。これは、ふたりにとって特記すべき旅となった。一幹さんは、常々「ことばにながされず、類句、類想に陥らず、オリジナリティのある句を詠みたい」、そう言っている。リアル感、真実感、それが彼にとって一番大切なものである〉と紹介。
- 「第11回北斗賞」(文學の森)が、35篇の応募作品(1作品150句)から選考委員3名(秋尾敏・山田佳乃・佐藤郁良各氏)により西川火尖作「公開鍵」を受賞作と決定し、総合誌「俳句界」1月号にて発表。秋尾敏氏は〈「公開鍵」を一番に推したが、いささか控えめで難解な句群を、他の方が認めるかと心配していた。意見は割れたが北斗賞となり、安堵している。百五十句もあるので、問題のある句もあるが、総じて無駄な言葉が少なく、今後の可能性を一番感じさせた。《不時着の二人と思ふ冬菫》《蛍袋つひに誰にも祈らせず》《宿題の子の暗唱のやうな虹》など、特に面白かった。今後の俳壇を支える才能と思う〉と選評。山田佳乃氏は〈全体を通して不思議な世界観を感じさせるのは、取合せにある不協和音のような緊張感のせいかと思う。独白のような措辞と季語の取合せが作者の特徴的な作り方かと思うのだが、作品の成否が大きく分かれるのはこの冒険的な取合せによるせいかもしれない。《啓蟄や拭いて動かす天球儀》《春霖やバスの座席の深みどり》《伝言を偽る遊び鳳仙花》などは季語が上手く響いて独特の雰囲気が伝わってくる。《去年今年まばたきミラノ風ドリア》《冬夕焼堺幸福ショウへ行く》《昼寝せむ丈夫な川を思ひつつ》などは、私はよくわからなかった。言葉の取合せが思い切った冒険だけで終わるのか、斬新な世界を描き出すのかは紙一重なところなのだろう。言葉の幅が広く使い方がとてもユニークでそのわからなさも一つの魅力ともいえる〉と選評。佐藤郁良氏は〈「公開鍵」は私が三席で推していた作品である。《混信の無線が冬と言うてゐる》《煤掃や喋るラジオを持ち上げて》など、現代的素材を生活実感の中に拾い上げた句に注目した。《穭田を粒子の粗い友が来る》などは古い映像を見ているかのようで、コロケーションの違和感を魅力に転じている。季語を比喩的に用いている句など賛成しかねる部分もあって、一席には推さなかったが、北斗賞受賞に異論はない〉と選評。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)1月号の「作品6句」に赤城獏山(本田巖)が「雪催」と題して〈凩や待つ身の銀座四丁目〉〈警策の音のひびきや雪催〉など6句を発表。
- 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)1月号の新春題詠企画「『牛』のある字を詠む」において、宮本佳世乃が「件」を担当し「謎解きの」と題して、〈謎解きの件に入る炬燵かな〉〈星冴えて件の件のゆるやかに〉など5句を発表。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)1月号「投稿俳句界」
・名和未知男選(題「起」)「秀作」〈一斉に決起はじめるつくしんぼ 赤城獏山〉
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈灯台の二百十日の灯りかな 曽根新五郎〉
・古賀雪江選「秀逸」〈茫洋たるカジノ予定地星月夜 小野久雄〉
・鈴木しげを選「秀逸」〈うろこ雲リストバンドのバーコード 松本美智子〉
・鈴木しげを選「秀逸」〈灯台の(前掲)曽根新五郎〉 - 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)12月号「四季吟詠」
・行方克巳選「特選」〈大夕立すぎたる松の雫かな 曽根新五郎〉=〈突然降り出した夕立がからりと上がって青空が領域を広げる。作者の視線は一本の松に注がれ、ズームアップして細い葉先から滴り落ちる雫をとらえる。大景から中景そして近景へと自然に移ってゆくプロセスが見事に定着した一句。技巧を凝らした跡が見えないところがいい〉と選評。
・行方克巳選「佳作」〈ひもじさのかの日の遠く蓼の花 赤城獏山〉
・齋藤愼爾選「秀逸」〈ほんとうの空がある蒲公英の絮 赤城獏山〉
・齋藤愼爾選「佳作」〈月の照る星に眠れりダークマター 松橋晴〉
・能村研三選「秀逸」〈遠くまで釣り竿振つて夏惜しむ 曽根新五郎〉
・髙橋千種選「秀逸」〈ずぶ濡れの島ずぶ濡れの青葉かな 曽根新五郎〉
・高橋将夫選「佳作」〈この世よりかの世のことを踊笠 赤城獏山〉
・山田佳乃選「佳作」〈君への返事向日葵が咲いてから 赤城獏山〉
・鈴鹿呂仁選「佳作」〈炎帝が胸に閂掛けてゆく 赤城獏山〉
・関森勝夫選「佳作」〈鵜篝の傾げて爆る川面かな 赤城獏山〉
・松尾隆信選「佳作」〈スカイツリー閃光したる日雷 赤城獏山〉
・山崎聰選「佳作」〈蛍火や竹馬の友のみな遠く 赤城獏山〉
・山田貴世選「佳作」〈泣くごとく笑うがごとく花吹雪 赤城獏山〉 - 読売新聞11月14日「かながわ・よみうり文芸/俳句」
・石田郷子選「秀逸」〈潮焼けの顔出そろひぬ秋祭 齋藤卜石〉=〈今年はどこの祭りも中止になったことだろうが、いつもならよく日に焼けた氏子たちによって豊漁や五穀豊穣に感謝する祭りが行われる。どの顔も親しく感じる〉と選評。 - 日本経済新聞12月12日「俳壇」
・横澤放川選〈老いといふ午後の懈怠や散紅葉 谷村康志〉=〈昼下りの無聊がそのまま齢のもの憂さに。いかにもの心理〉と選評。 - 読売新聞12月15日「読売俳壇」
・宇多喜代子選〈茶の花やいづれは分かり合へる日も 谷村康志〉 - 東京新聞12月20日「東京俳壇」
・小澤實選〈草色のセーターばかりこの冬は 渡辺広佐〉 - 結社誌「小熊座」(高野ムツオ主宰)12月号の「鬼房の秀作を読む」に宮本佳世乃が寄稿、《白桃を食ふほの紅きところより 鬼房》について〈白桃は外皮がいわゆる皮膚のような独特の質感があり、瑞瑞しい食感も相まって、象徴としてのエロスを前面に出して読まれる場合も多い。この句は、瑞々しいけれども少しの傷からいたみやすい白桃の紅さを詠う。桃に入る刃を思うと、どんどん甘美さが増す。けれどもエロスを抜きにこの句を読んでみると、水や土にこだわりながら、完熟まで桃を育てた農園に生きる人々の愚直さや、桃を食う寡黙な背中が見えてくる。むしろそう読んだ方が、みちのくにいきた鬼房に思いを寄せることになるのかもしれない〉と鑑賞。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)1月号の特別企画「新春座談会『新時代、俳句はどうあるべきか。』」(片山由美子・鴇田智哉・関悦史・大西朋各氏)において、関悦史氏が〈今後の期待される俳人を三名挙げる〉というテーマにつき、岩田奎・黒岩徳将に続いて〈西川火尖さんを挙げます。この人は「炎環」に入っていますが、ネット上の同人誌みたいなものをやっていたりして、作品より、まず論評が目立った。俳句に関しても、ツイッターなどで議論をしているとぎすぎすした感じになるのですが、そういうときにいやがらずに正面から、必要な資料は読み、問題を整理して、ノートにまとめて発表してくれるという、人がやりたがらない面倒臭い論評活動をやってくれているので、まず、そこで注目しました。フェミニズムと俳句の話題などでも、自分の家庭を振り返って、こういういざこざがあったということまで踏み込んで反省したり、かなり生々しいことを書いています。個人の実人生と社会と俳句を貫通するものを探っていて、器用ではないかもしれないけど、熱い人という感じがします。《やどかりの名前はフランシスコなり》(「祈らせず」第五回俳句四季新人賞最終候補作)《伊勢丹の香水瓶の都市抜けよ》(第二十四回炎環賞「みらい賞」受賞作)《白百合を束ね撲ちたくなつて来し》(同前)などを挙げておきます。昔の新興俳句はよく都市を題材にして新しい世界を切り開いていきました。《伊勢丹の》の句はそれに一脈通じるものがあるが、昔のモダニズムをそのまま継いでいるわけではなく、もうちょっと身近なものとして捉え直していて、両性具有的な不思議な情感がまつわっている感じもします。こういう感覚も持っているから、ああいう論評ができるというところがわかる気がするのです〉と発言。
- 毎日新聞2020年12月31日のコラム「季語刻々」(坪内稔典氏)が、《宇宙広すぎて炬燵を出でられず 関根誠子》を取り上げ、〈句集には「タイタニックは沈み炬燵に我残る」もあって、彼女のこたつはコロナ禍におけるよりどころみたい。こたつという小さな場所、それは宇宙の、あるいは世界の中心なのだ。ともあれ、こたつにいて宇宙を感じる、あるいは大海を意識する心を持ちたい〉と鑑賞。句は句集『瑞瑞しきは』より。
- 毎日新聞1月7日のコラム「季語刻々」(坪内稔典氏)が、《玄関に初めての客福寿草 市ノ瀬遙》を取り上げ、〈福寿草を飾っている玄関に今年最初の客が来た。ああ、うれしい、という気分なのだろう。「恋の句のひとつの欲しや初句会」「わが家は銀河のはずれ蒲団干す」「老いもまた遊びのひとつ春の雪」なども遙さんの作だが、私と同年代のこの作者の句には前向きの快活な気分が満ちている〉と鑑賞。句は句集『無用』より。
- 週刊読書人12月18日号の「二〇二〇年回顧総特集」において、俳句についてを浅沼璞氏が執筆、当年の1冊に宮本佳世乃句集『三〇一号室』を挙げ《夏痩せてたまたま顔のある煮干》を抽出。
- 結社誌「澤」(小澤實主宰)1月号の「窓 俳書を読む」(加納燕氏)が宮本佳世乃句集『三〇一号室』を取り上げ、《数へ日のふはりと停まるちんどん屋》に対して〈すでに止まった足に遅れて、ひらひらした旗や袖や花簪が「ふはりと停まる」。年末の慌しさの中、その丸みをおびた軌跡の優雅さに目を留めた人は、作者の他にいなかったのでは〉と、《二階建てバスの二階にゐるおはやう》に対しては〈観光用の屋根無しバスの二階か。「おはやう」を空にも往来の人々にも飛ぶ鳥へも。おそらく時間軸をも含んだ、目の前のあらゆるものへの挨拶をもって句集は終わる。なんて素敵なんだろう〉と鑑賞。
- 『俳句年鑑2021年度版』(角川文化振興財団)の「今年の句集BEST15」の1冊に涼野海音氏が柏柳明子句集『柔き棘』を選び、〈しなやかな感性で、対象を柔軟に自在に把握している句に惹かれた〉と評して、《学校のない国へゆく雁の列》に対しては〈《学校のない国》は一体どこにあるのだろう。この雁は、学校がある国を逃れるかのように見えたのかもしれない〉と鑑賞。
- 同人誌「ペガサス」(羽村美和子代表)第9号(12月15日発行)の「鑑賞『食』を感じる句」において、大川竜水氏が《生き方とみかんの剥き方変へられず 三輪初子》を取り上げ、〈私の主人は伊東生まれの伊東育ちの、みかん農家とよろず屋の息子であった。みかんを主人は尻の方からへたを取って剝く。私は頭の方からごく普通に剝く。これを生き方と大きく広げたところが面白い〉と鑑賞。句は『現代俳句年鑑2020年度版』より。