2021年10月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 結社誌『天晴』(津久井紀代代表)秋号が「加藤楸邨特集」を企画、その依頼により石寒太主宰が「楸邨の思い出あれこれ」と題した随筆を寄稿しました。要約すると、〈昭和四十九年に『奥の細道吟行(上・下)』が平凡社から出た。吟行とあるように芭蕉の「おくのほそ道」を辿り、その行く先々で句を詠んだもの。楸邨句が主であるが、中に寒太の句も添えられていて楽しい。この本を出すにあたって、楸邨先生は一年かけて芭蕉が訪れたその季節に合わせて吟行した。まだ私も若くサラリーマンとして勤めていたこともあって日程を合わせるのにずい分苦労したことを思い出す。本が見本となって出版された時、達谷山房(楸邨の書屋号)に伺った折の本がいま手許にある。上巻の表見返しには《蟇歩く人面不知何処去 楸邨》、その裏の見返しには夫人(知世子)の《人茫々と風雨に没す田草取 知世子》が書かれ、そして同じく下巻の表には《絶巓たしかに霧中の実在それにむかふ 楸邨》、さらに裏には夫人の《菱の花北上川の音もなし 知世子》が染筆されている。「見返しの表と裏、その両方に夫婦でサインした本は、いままでなかったかもね。これは知世子とぼくの、旅に同行してくれた寒太君へのお礼の気持だ」と笑いながら書いて手渡してくれた。そのご夫婦の顔は、実に晴れ晴れしく明るかった。私の今日があるのは、すべて加藤楸邨先生のお蔭。仲人を引受けてくれたのも楸邨。寒太という俳号をつけてくれたのも楸邨。三人の子どもの名前をつけてくれたのも楸邨である。加藤楸邨第十句集『吹越』に「名付け親となって一句」と前書された《玄といふは冬の怒濤を見たる顔 楸邨》がみえる。私は二男一女の三人の子どもをもうけたが、すべて楸邨先生の命名である。次男は《洋々たれ滔々たれ凍ることなかれ 楸邨》、三人目は女の子。楸邨はことのほか喜ばれて「伊那」と命名された。長野県の伊那谿が妻の生地で《伊那といふ冠雪にいま目覚めけり 楸邨》と詠んでいただいた。今度、『完本加藤楸邨全句集』(青土社)が刊行された。が、その中には書簡やハガキなどに寄せられた楸邨句は、すべてはぶかれている。それが誠に残念至極。加藤楸邨は、高浜虚子に並ぶ挨拶句(慶弔贈答句)の名人である、と私は思っている。それらがないと楸邨の全体像は全く見えてこない。全集(『加藤楸邨全集』全十七巻、昭和五十五年~五十六年)以後のそれらの挨拶句を三百句以上集めて保存している私としては、それらを一日もはやく刊行して楸邨という人物を彷彿と浮かび上がらせたい、いまそんなことを企てている〉という内容を書いています。
炎環の炎
- 総合誌「俳句界」(文學の森)10月号の特集「40代俳人」において、田島健一が〈肉眼で見る愛という字は鶫〉〈死ぬ木蝶の木ふたりで食事している木〉〈疫病や冬日を浮かせおくちから〉など7句を発表。それに添えた短いエッセイには〈この四十代は、いま目の前で起きていることを一度ことばの上で解体し、《現実》の手触りに構成し直すことで読み手の《現実》ににじり寄りたい、と思いながら俳句を書いてきました。まだまだ力不足で道半ばです〉と記述。
- 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)10月号の「作品8句」に三井つうが「蛇の国」と題して、〈果樹園の山道ここは蛇の国〉〈捥がれたるトマトのいびつ拭きてくるる〉〈網棚の家苞こゑのきりぎりす〉など8句を発表。
- 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)10月号の「現代俳句の窓」に三井つうが「地にしづか」と題して、〈寝不足の目にのうぜんの花こぼる〉〈青き毬風をころがり地にしづか〉など6句を発表。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)10月号「投稿欄」
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈扇風機家長の如く首を振り 森山洋之助〉
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈炎天のシスターのミニバイクかな 堀尾笑王〉
・今瀬剛一選「秀逸」〈引売りの車にあふれ夏野菜 結城節子〉
・西池冬扇選「秀逸」〈まひまひの四つの角の宇宙かな 長濱藤樹〉 - 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)10月号「四季吟詠」
・宮坂静生選「秀逸」〈魚信待つ太平洋の日永かな 曽根新五郎〉
・鈴木しげを選「秀逸」〈葬儀無き青水無月の別れかな 堀尾笑王〉
・由利雪二選「秀逸」〈葉桜の上の元気な空の青 山本うらら〉
・渡辺誠一郎選「秀逸」〈姫神山の風を通せる朝の虹 松橋晴〉 - 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)10月号「俳壇雑詠」
・加藤耕子選「特選」〈夏帽子すくつて冠る島の風 曽根新五郎〉=〈中七の「すくつて冠る」の具体性が、涼しさをよく伝える。同じ風でも、式根島の新鮮な海風の感覚が心地良い。何気ない日常の動作、身の回りにある詩情をすくうのが俳句〉と選評。
・山田貴世選「秀逸」〈辛口の冷酒無口な男かな 曽根新五郎〉
・山田貴世選「秀逸」〈深入りは禁物ですよ蟻地獄 赤城獏山〉 - 日本経済新聞9月11日「俳壇」
・黒田杏子選〈大雨の死者幾人か終戦日 谷村康志〉=〈ことしの八月十五日。何人もの方が亡くなられました〉と選評。 - 読売新聞9月14日「読売俳壇」
・正木ゆう子選〈割り算に癇癪おこす子へメロン 谷村康志〉 - 毎日新聞9月14日「毎日俳壇」
・片山由美子選〈虫の音や遺品整理の手を止めて 谷村康志〉
・西村和子選〈盆の月出張日誌書き終へて 谷村康志〉 - 産経新聞9月16日「産経俳壇」
・寺井谷子選「1席」〈ソーダ水学僧とその母親と 谷村康志〉=〈総本山などに近い喫茶店でもあろうか。僧衣の息子と修行の厳しさを案じる母の姿。ソーダ水が、つかの間の俗世の暑さと軽やかさを伝える〉と選評。 - 読売新聞9月27日「読売俳壇」
・正木ゆう子選〈子の背に声掛けられず夜食置く 谷村康志〉 - 朝日新聞10月3日「朝日俳壇」
・稲畑汀子選〈一汁の具に間引菜の一握り 渡邉隆〉=〈質素で、すがすがしい暮らしぶりが目に浮かぶ〉と選評。 - 産経新聞10月7日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈血糖値下がらぬままに秋来る 谷村康志〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)9月号のリレーエッセイ「今を詠む」に、西川火尖が「こども」をテーマに執筆して寄稿、〈先日八歳を迎えた息子。彼の人生の最終的な責任を親が負うことはできない。親と子の間には決して越えられない壁が存在し、成り代わることができないのだ。だから、出生に対して子供は意思を示せないし、その壁ゆえに息子を、私たちが作った全く新しい別の人間として尊重できるのだろう。何をしたいか、どう生きるか、何を選べるかは、将来、息子自身が引き受けるべき問題なのだ。もっとも、無事生まれて、すくすくと育ってくれたからこそ、このスタンスでいられるのかもしれない。幸運な日々の最中にいる〉と記述して、一句〈折紙の鮫の集まる綾筵〉。
- 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)10月号の「忙中閑談」に宮本佳世乃が「おもう、ということ」と題してエッセイを寄稿。要約すると、〈ニュースでは、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、自宅療養中の患者が死亡するケースが相次ぎ報じられています。私は以前救命医療に携わったことがあり、医療崩壊に関する連日の報道に対して、医療現場の疲弊、消耗、慟哭、そして諦観はリアルな音声や映像を伴って想像できます。そしてこれらは、救急医療の範囲にとどまらず、医療界全体の慟哭です。「目の前のこの人」の生命を救う救急医療や集中治療室を支援するために、さまざまな職種が懸命にバックアップしています。そんななか、私個人には何ができるのかを考えてみると、「それでも、おもうこと」だといえます。「それでも、おもう」というのは、「目の前のこの人」の存在だけでなく、人を取り巻くすべてをおもうことです。今は、感染対策だけでなく、生活をするという行為が、見えないけれど確実にいる「この人」の生命や生活につながっている。だからこそ「(個人レベルだけではない)より良さ」を意識して選ぶことがだいじですし、何と今を生きていくしかない、そう思っています。どのような病気であっても、患者さん、ご家族、親しい方の苦しさ、やるせなさ、憤り、予後への不安、日々の暮らしへの影響は計り知れないものです。最近病院で見た光景ですが、術後の患者さんに対する五メートルほどの距離を隔てた廊下での面会。病棟には入れず、話せず、触れ合えなくて、遠くから手を振るだけというご家族の姿が胸の奥に引っかかっています〉という内容を記述。
- 広渡敬雄著『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店・2021年8月発行)が、「桃」の項に《桃を吸ふ噓を吐くかもしれぬ口 柏柳明子》を、「楮・三椏」の項に《三椏の蕾ますます眠くなり 宮本佳世乃》を、「柿」の項に《干柿の種のぬるりと出できたる 齋藤朝比古》をそれぞれ採録。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)10月号の「名句水先案内」(小川軽舟氏)が《一人づつタイムカードを押して霧 柏柳明子》を取り上げ、〈句集『柔き棘』(二〇二〇年)所収。柏柳明子(一九七二年~)も石寒太門。タイムカードに退勤時間を刻印して一人また一人と霧の中へ去って行く。「霧」とだけ言って終わる幕切れは、一人また一人と霧になって消えてしまう印象を残す。職場を離れれば他人同士という現代社会の人間関係が垣間見える〉と解説。
- 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)10月号の「ウルトラアイ句集俳書展望」(編集部)が城尹志・小熊幸二人句集『朱から青へ』を紹介して、城尹志の《淡雪を載せて人待つベンチかな》《朱から青へ広がる地平春の朝》、小熊幸の《シャガールの宙ゆく馬や合歓の花》《微笑みに返すほほゑみ初ざくら》を掲出。
- 総合誌「俳句界」(文學の森)10月号の「全国の秀句コレクション」が〈毎月の受贈誌より編集部選〉の一句として「炎環」誌より《冷房の木椅子に検査結果待つ 腰原まり子》を採録。