2023年2月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 石寒太主宰がコーディネーターとなり、2022年10月30日島根県隠岐の島にて開催された「後鳥羽院遷幸800年記念シンポジウム」の模様を、総合誌「俳句」(角川文化振興財団)2月号が掲載しました。シンポジウムの題名は「ターニングポイント うたの島」で、この題名について主宰は〈ターニングポイントというのは「転機」ということです。それは何かと言うと、配流の後鳥羽院はもちろんですけれども、その後の俳人・加藤楸邨やその後の詩歌人なども、すべてこの地を訪れて「作品が変わった」と言われています。この島は、多くの歌人、俳人を変えた。この島に来て、人々の文学意識が変わったという転機になりました。隠岐を訪れたことが一つの変化を生んだ。「ターニングポイント」という言葉にはそうした意図があります。また「うた」を平仮名にしたのには、日本のすべての詩歌、和歌はもちろん、短歌、俳諧、連歌、俳句を含めて、ひっくるめて「うた」と考えていきたいという思いを込めました〉と述べています。シンポジウムにおけるパネリストは、小澤實・三枝昂之・宮坂静生・村上助九郎・冷泉貴実子(五十音順)の5氏。
- 日本農業新聞12月31日のコラム「おはよう名歌と名句」(宮坂静生氏)が《大年の牛舎に父のしはぶけり 石寒太》を取り上げ、〈大年である。今年最後の日。貫禄あることばだ。どんな光景を描いて新しい年を迎えるか。俳人はそこに一年の思いを託す。伊豆の牛飼いの明るい家が作者の故郷。七人兄弟が育つ。時に十頭も牛がいたという。両親のご苦労された光景の一つがこれ。広い牛舎に父の咳が聞こえる。牛も手厚く大晦日を迎えるための心遣いが想像される。「牛飼ひの父の晩年年守る」とも詠まれる。生涯働く。日本人像が目に見える〉と鑑賞しました。句は句集『風韻』より。
- 結社誌「ひいらぎ」(小路智壽子主宰)1月号の「現代俳句の鑑賞」(岸本隆雄氏)が《読みさしの「遠島百首」初紅葉 石寒太》を取り上げ、〈承久三年、後鳥羽上皇が鎌倉幕府討滅の兵を挙げ、逆に鎮圧され隠岐に流された。その後は本州に帰ることなく一二三九年に亡くなった。隠岐では和歌を詠むなどして過ごし「遠島百首」を残した。「遠島百首」を読んでいるとき、庭にふと目をやると初紅葉に気が付いた。隠岐はこれからが寒く寂しくなることだろうと思った。「遠島百首」より紅葉の歌を一首〈去年よりは庭の紅葉も深き哉なみだやいとど時雨そふらん〉〉と鑑賞しています。句は「俳句」11月号より。
- 結社誌「ランブル」(上田日差子主宰)1月号の「現代俳句羅針盤」(高瀬瑞憲氏)が《楸邨の師系ゆたかぞ秋の虹 石寒太》を取り上げ、〈加藤楸邨は私が最も尊敬している俳人です。 鰯雲人に告ぐべきことならず 楸邨 の一句に出会ったことが今日まで私が俳句を続ける一つの理由になっています。楸邨には二つの大きな功績(特徴)があると個人的には思っています。まず一つは、俳句の可能性を広げた点です。それは、それまでの自然を写生する花鳥諷詠(客観写生)とは異なり、詠む側の人に立脚した新たな作句の手法、楸邨の言葉をそのまま借りると“俳句における人間の探究”を志した点にあると言えます。もう一つは、楸邨が創刊から終生に亘り主宰した俳誌「寒雷」に集った“仲間”の豊かさです。金子兜太・森澄雄など作風の違う、まさに虹のごとく多彩な個性の持ち主を擁した「寒雷山脈」の顔ぶれ、そしてその錚々たる面々に慕われた楸邨の人としての器も感じられます〉と鑑賞しました。句は「俳句」11月号より。
- 結社誌「太陽」(吉原文音主宰)2月号の「詩林逍遥」(柴田南海子氏)が《相呼びし楸邨・兜太雪ほたる 石寒太》を取り上げ、〈隠岐の島では遠流の上皇の御霊を慰める慰霊の俳句大会が毎年行われている。寒太先生はその選者である。慰霊の俳句大会の企画は兜太氏の発案であったが、寒太先生と宇多喜代子先生が毎年その任を果たされていると仄聞した。楸邨・兜太の御霊を飛び交う雪蛍に託された御句。私も一度参加し、寒太・喜代子両先生方と至福の二日間を過ごさせて頂いた。掲句に合掌したい〉と鑑賞します。句は「俳句」11月号より。
- 毎日新聞1月25日首都圏面の、シリーズ「母校をたずねる」の「静岡県立韮山高」編に石寒太主宰が登場、〈韮山高では文芸部と演劇部に入って、小説を書いたり脚本を書いたりしていました。当時も共学でしたが、旧制中学の歴史があるので、ほとんどが男子生徒です。女子生徒は少数なので、文化祭で他校の女子生徒と仲良くなりました。韮山の辺りで女子の多いのは三島北や沼津西校で、韮山の仲間たちと彼女たちといっしょに天城山に登ったこともありました。実は、その中の女の子と2人きりで山に登ったことが一度だけあります。手をつなぐこともなく、淡い初恋の思い出です。演劇部や文芸部の友人たちとは、演劇の練習をしたり、近くの山に登ったりと、自由にしていましたが、当時の友人関係はその後の人間観察に役立っています〉と語っています。
炎環の炎
- 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)2月号「四季吟詠」
・浅井愼平選「秀逸」〈星の降る月光のしむ一夜干し 曽根新五郎〉
・浅井愼平選「佳作」〈薬指の爪よく伸びる稲光 松橋晴〉
・古田紀一選「秀逸」〈ゆらめきし二百十日の絵らふそく 曽根新五郎〉
・上田日差子選「佳作」〈実むらさき托鉢僧の低きこゑ 阪上政和〉
・森清堯選「佳作」〈短日や俳句一番大事家事二番 山本うらら〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)2月号「投稿欄」
・鈴木しげを選「秀逸」〈ポケットに岩波文庫野菊晴 森山洋之助〉
・鈴木しげを選「秀逸」〈色鳥やガラスの箱の美術館 松本美智子〉
・能村研三選「秀逸」〈銀色の月光のしむ一夜干し 曽根新五郎〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)2月号「令和俳壇」
・成田一子選「秀逸」〈屋上はひとりの荒野大銀河 曽根新五郎〉
・星野高士選「秀逸」〈図書室に紙の匂ひや天高し 小野久雄〉
・五十嵐秀彦選「秀逸」〈牛乳の膜うつすらと賢治の忌 曽根新五郎〉 - 産経新聞1月12日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈村を出る決心鶴の羽ばたきに 谷村康志〉 - 読売新聞1月16日「読売俳壇」
・宇多喜代子選〈心地良くしなる箒や年の暮 谷村康志〉=〈長く使っているうちに箒に使い癖がつき、使いやすくなってくる。何かと箒の出番の多い年末、この箒はますます手になじんでくる〉と選評。
・小澤實選〈駄菓子屋の重きガラス戸一葉忌 堀尾笑王〉 - 産経新聞1月19日「産経俳壇」
・寺井谷子選〈卓袱台のふたりの余生聖夜の灯 谷村康志〉 - 日本経済新聞1月21日「俳壇」
・横澤放川選〈船宿の昼のけだるさ箱火鉢 谷村康志〉 - 毎日新聞1月23日「毎日俳壇」
・西村和子選〈無言館出づれば落葉降り止まず 谷村康志〉
・井上康明選〈結界のごとき倒木山眠る 谷村康志〉 - 朝日新聞1月29日「朝日俳壇」
・小林貴子選「一席」〈一月の句帳一句目の筆圧 渡邉隆〉=〈新年の一句目が出来た。心新たにくっきり書こう〉と選評。 - 産経新聞2月2日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈為すことのいつも字足らず隙間風 谷村康志〉 - 日本経済新聞2月4日「俳壇」
・横澤放川選「一席」〈晩年の父もろかりき墓囲ふ 谷村康志〉=〈存在感そのものであった父の、しかし致し方ない晩年。寒冷地では墓石もまたその父のように囲ってやらねばならない。重い回顧〉と選評。 - 毎日新聞2月6日「毎日俳壇」
・片山由美子選「一席」〈買ひ手なきままに三年冬館 谷村康志〉=〈古めかしい立派な洋館を想像する。作者は買い手がつかないことが気になっているのだろう。売りに出されて三年は長い〉と選評。 - 産経新聞2月9日「産経俳壇」
・寺井谷子選〈セーターを着れば人相やはらかに 谷村康志〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)2月号の「合評鼎談」(奥坂まや・津髙里永子・堀本裕樹の3氏)の中で、同誌12月号掲載の三輪初子作「月の色」について、〈津髙「この方は、昨年七月に『檸檬のかたち』という第四句集を出されたばかりです。 《天下国家論じ長芋擂り下ろす》 居酒屋さんをご主人とやっていらして、とても楽しく威勢のよい方ですので実感がこもっていると思いました。〈天下国家〉という大きな問題を論じる一方で、〈長芋を擂り下ろす〉という目前の小事を並列させています。天下国家という堅そうな話と、擂り下ろした長芋のとろりとしたやわらかさのギャップも面白いです」、奥坂「《紙コップ潰す手の闇冬うらら》 〈紙コップ潰す〉こと自体はなんでもないのですが、そこに闇が生じている。手の中の闇が紙コップを潰しているような、重量感、圧力を覚えました。たしかに潰す時に手が闇を作ります。そこが発見だと思います。逆に「冬うらら」という季語は対照的です。外は暖かい冬の日が輝いているのかもしれません。作者の手の中にだけ闇が生じている。句に迫力も感じました」〉と合評。
- 結社誌「蛮」(鹿又栄一主宰)季刊64号の「総合誌より佳句鑑賞」(佐藤久氏)が《がしやがしやと来てどんと置く生ビール 齋藤朝比古》を取り上げ、〈掲句の景は誰もが見たことがあるだろう。もちろん現在の景として読んでも良いが、私は昭和のビアホールの賑わいを想起した。この迫力は「中生」ではなくて、今ではあまり見ることもなくなった大ジョッキだろう。そんな喧噪をオノマトペだけで臨場感を持って見事に再現した〉と鑑賞。句は「俳句」10月号より。
- 「俳句あるふぁDIJITAL」の「本の森」(編集部)が谷村鯛夢著『俳句ちょっといい話』を取り上げ、〈長年にわたって婦人画報社の女性誌の編集者として活躍し、現在は出版プロデューサー、俳人としては「炎環」に所属する著者のエッセイ集。「ちょっといい話」といえば往年の物書き・戸板康二がさまざまな人物の逸話を紹介する随筆シリーズで、戸板をリスペクトしつつ、俳句版「ちょっといい話」を試みたのが本書です。取り上げられるエピソードは多種多様。忘れられなくなる愉快な話の数々を読むうち、俳句の機微がわかったような気がしてきて、逸話というものの効能を実感させられます〉と紹介。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)2月号付録『季寄せを兼ねた俳句手帖二〇二三〈春〉』が《自転車に子を乗せてくる潮干狩 岡田由季》《家中の暦二月にしてねまる 関根誠子》《川と海押し合ふところ春の鴨 岡田由季》を採録。