2023年5月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 結社誌「秋麗」(藤田直子主宰)5月号の「現代俳句を読む」(原真砂子氏)が《世を少しいびつに思ふ一茶の忌 石寒太》を取り上げ、〈昨年は新型コロナウイルスの影響で、一茶忌の行事は、規模を縮小して開催せざるを得なかった。「いびつ」という措辞に作者の残念な気持ちが表れているように思う。また「少し」という措辞には、不十分ながら少しずつ戻ってきた日常が、一日も早く完全に戻って来て欲しいという願いが込められているのではないだろうか〉と鑑賞。句は「炎環」2月号より。
炎環の炎
- 「第26回毎日俳句大賞」(毎日新聞社)が応募総数約3,600句(一般の部)を予選選考によって1,634句に絞り、その中から11名の選者(石寒太・井上康明・宇多喜代子・大串章・小川軽舟・小澤實・黒田杏子・高野ムツオ・津川絵理子・夏井いつき・正木ゆう子)がそれぞれ特選1句・秀逸2句・佳作40句を選出、その後、最終選考に残った100句について、各選者による選の重なりなどを加味し、大賞2句・準大賞2句・優秀賞2句・入選26句を決定。
○「入選」〈人間の眼の美しく冬に入る 高橋透水〉=井上康明選「秀逸」〈冬の到来を神秘的に捉えて表現している。人の目は、澄んで美しい色彩を湛えている。その透明感とともに季節は冬に入っていく。枯れていく山野と、日々募る寒さを想像した〉と選評。
○「入選」〈天道虫七つの闇を背負ひけり 戸塚純一〉=津川絵理子選「特選」〈ナナホシテントウムシの星は確かに黒い。小さな虫にブラックホールを見たのだろうか。面白い発見だ。また、「背負ひ」に闇の重さを想像する。自由な詩心が生んだ句と思う〉と選評。
○「入選」〈蓮の実の飛ぶや無敵の脹ら脛 万木一幹〉=夏井いつき選「秀逸」〈熟した蓮の実が水中に落ちることを「飛ぶ」と誇張するのは、季語の妙味。走り抜けるランナーの「脹ら脛」を「無敵」と言い切ることで生まれたのは取り合わせの愉快〉と選評。
▽最終選考まで残った入選候補句
○〈青大将顎を外して卵呑む 高橋透水〉=小川軽舟選「佳作」、小澤實選「佳作」
▽各選者の入選句
・石寒太選「秀逸」〈ひと部屋を灯して盆の仕度かな 齋藤朝比古〉=〈仕度をする「ひと部屋」だけを「灯して」、あとは真っ暗なのである。旧暦七月十三日から十六日に先祖の霊を迎え送るまでの盆の行事。明暗の差が、くっきりと見えて鮮やかでいい〉と選評。
・石寒太選「佳作」〈まだ触れぬ白桃夜を匂ひけり 結城節子〉
・井上康明選「佳作」〈年惜しむ給水塔の影法師 小嶋芦舟〉
・宇多喜代子選「佳作」〈虫籠に虫待つ空の青さかな 結城節子〉
・宇多喜代子選「佳作」〈爽やかに胸張り女子の鼓笛隊 高橋透水〉
・大串章選「佳作」〈避難指示解除の町や小鳥来る 伊藤航〉
・高野ムツオ選「佳作」〈翁忌や夕日しみ入るビルの窓 山内奈保美〉 - 「第24回隠岐後鳥羽院大賞・俳句部門」(島根県隠岐郡海士町)が応募総数1,200句(一般の部)から、選者4名(石寒太・稲畑廣太郎・宇多喜代子・小澤實)により、各選者の選んだ特選1句、準特選1句、入選20句、佳作20句をもとに大賞ほか各賞を決定し、2023年3月2日公式ホームページにて発表。
・石寒太選「入選」〈木の芽風遠流の院の八百年 伊藤航〉
・石寒太選「佳作」〈卒業の少年送る島の牛 鈴木経彦〉
・石寒太選「佳作」〈「よく来たね」の楸邨の声石蕗の花 恩田周子〉
・稲畑廣太郎選「入選」〈月光や八百年の院の和歌 伊藤航〉
・宇多喜代子選「佳作」〈卒業の(前掲)鈴木経彦〉
・小澤實選「佳作」〈上皇のこころの怒涛冬の星 深山きんぎょ〉
▽上記のほか第一次選考通過句
・〈黄砂降る島の空港閉鎖中 杉まろん〉
・〈卒業の分校を撮り島を発つ 鈴木経彦〉 - 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)5月号「四季吟詠」
・浅井愼平選「秀逸」〈遠くまで喪あけの冬の流れ星 曽根新五郎〉
・浅井愼平選「佳作」〈石蕗の花こんなに広い空がある 松橋晴〉
・上田日差子選「秀逸」〈冬ざるる帆柱残る難破船 曽根新五郎〉
・上田日差子選「佳作」〈消灯のケーブル駅舎山眠る 阪上政和〉
・秋尾敏選「佳作」〈着ぶくれて肩甲骨の軋む音 松橋晴〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)5月号「投稿欄」
・稲畑廣太郎選「特選」〈眠る間に子の夢叶へクリスマス 曽根新五郎〉=〈クリスマスプレゼントは子供が寝ている内にそっと枕元に置くというのが慣例だろう。「子の夢叶へ」という何とも詩情あふれた言葉でこの季題の明るさを楽しく表現している〉と選評。
・稲畑廣太郎選「秀逸」〈あやとりの細き指先春隣 松本美智子〉
・能村研三選「特選」〈追へば逃げ逃げれば追はれ雪女 曽根新五郎〉=〈雪女は豪雪地帯に古くから伝わる妖怪伝説。追えば逃げていき、逃げれば追ってくる。人間の恋愛感情にも似ていて、よく恋愛は影踏みであるとも言われている〉と選評。
・角川春樹選「秀逸」〈宅配で届く骨壺浅き春 小野久雄〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)5月号「令和俳壇」
・白濱一羊選「秀逸」〈風花や都庁舎とふ卒塔婆よ 赤城獏山〉 - 朝日新聞4月23日「朝日俳壇」
・大串章選「一席」〈天国へ移住の友と半仙戯 谷村康志〉=〈ぶらんこをこぎながら友を偲んでいる。友は「天国へ移住」しただけだから又会える〉と選評。 - 読売新聞4月25日「読売俳壇」
・宇多喜代子選〈長風呂を襲ふ睡魔や花疲れ 谷村康志〉 - 産経新聞5月4日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈アトリエに売れぬ絵ばかり光悦忌 谷村康志〉 - 日本経済新聞5月6日「俳壇」
・神野紗希選「一席」〈引出物ベンチに放り半仙戯 谷村康志〉=〈結婚式の帰路、ふらりと公園のぶらんこを漕ぎたくなった。幸福の絶頂に立ち会うと、つい自分の現状と比較し切ない〉と選評。 - 毎日新聞5月8日「毎日俳壇」
・西村和子選〈入学子乗せて飛びたつ一番機 谷村康志〉 - 産経新聞5月11日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈卒業や薬屋の子は薬屋に 谷村康志〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)5月号の特集「漢字・ひらがな・カタカナ~目で読む俳句」において「「カタカナ」が生きている名句20句」を宮本佳世乃が担当、〈ワガハイノカイミヨウモナキスヽキカナ 高濱虚子〉〈ピストルがプールの硬き面にひびき 山口誓子〉〈旅客機閉す秋風のアラブ服が最後 飯島晴子〉〈長距離寝台列車
( のスパークを浴び白長須鯨( 佐藤鬼房〉〈冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ 川崎展宏〉〈前ヘススメ前ヘススミテ還ラザル 池田澄子〉など20句を挙げ、「所感」として〈俳句でカタカナを使うのは、主に次のような場合だろう。①擬音語・擬態語として用いるとき、②カタカナの固有名詞により、読みの幅が広がり句がぐんと面白くなるとき、③長音を含めて韻律で硬軟を表したいとき、④強烈な印象を残したいとき。このように、カタカナを句の一部に用いることで、一句にリズムが生まれ、硬く/軟らかく、ときに文様めき、句の内容を軽やかに見せる効果がある。一方で、カタカナのみの表記や、漢字とカタカナだけの句に関しては、少し硬い印象を受けた。虚子の句は漱石の愛猫の死に寄せた電報が元であるし、池田澄子の句は国民学校の教科書や勅語を抜きには読めず、戦争への深い悲しみがあるからだ。カタカナを意図的に用いることにより、俳句に独自性やインパクトが出せることに気づいた〉と記述。 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)5月号の「新刊サロン」が「岡田由季が評する角川書店の新刊」を掲載。岡田はここで中川すなを句集『鳳笙』と廣瀬悦哉句集『里山』を批評しつつ紹介。
- 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)5月号の「本の庭」(青木亮人氏)が山岸由佳句集『丈夫な紙』を取り上げ、〈いくつかの特質を有する句集だが、その一つとして「気配」に敏感であることが挙げられよう。《朝霧の町のマネキン手をつなぐ》《寒晴や人のかたちの崩るる砂》のように、人間の面影に近い「気配」が季感に溶けこむ作品が散見され、あるいは《さくら散るころ鏡には映らずに》にも今や不在である人間の「気配」が立ちこめるかのようだ。その意味では、《九階を進む素足のしづかなり》にも「気配」が漂うように読めなくもない。加えて、「鴉」「馬」等の語が象徴性を帯びて繰り返し用いられており、《独楽の影淡くなりたる鴉かな》《雪解けの鴉の瞳深く塗る》、また《青葉して馬の瞳に会ふ病棟》等をモチーフの変奏と見なすこともできよう。その最たるものが「桜・花」で、《さくらさくら石温かくなるまで握る》《水のうへのこゑすれちがふ桜かな》等、彼岸の「気配」が見え隠れしつつ、回想めいた現実界を構成する句群には独特の質感がある。他に《覚えてゐる橋を渡りにゆく二日》等を収める〉と批評。
- 結社誌「岳」(宮坂静生主宰)5月号の「句集縦横」(清水美智子氏)が山岸由佳句集『丈夫な紙』を取り上げ、〈二〇一五年現代俳句新人賞受賞作品と句柄が大分変化しているように思われる。一句の中に視覚だけでなく、聴覚や他の感覚も詠まれ、リフレインも多く見られる。 《ほうたるのほうとあらはれ浮く地球》《犬抱いて降りゆく春の川音へ》《覚めぎはのひかり白梅のひかりとも》《うらみつらみつらつら椿柵の向う》 「ほう」のリフレインで地球の浮いている感じを表現。また「炎環」主宰石寒太は栞に、「伝統的な『つらつら椿』をさらに自家薬籠中のものにしている」と書いている。内容だけでなくリズム感がある。一句を生き生きさせているのは、感性の良さと歌うようなリズムのよさと思われる。進化途上の作者。今後益々の活躍が期待される〉と批評。
- 結社誌「岳」(宮坂静生主宰)5月号の「展望現代俳句」(矢島惠氏)が《生まれきてどれも眠さうしやぼんだま 岡田由季》《ぼろ市の正しく刻む腕時計 竹内洋平》を取り上げ、〈一句目、空に登ってゆくしゃぼん玉は心もとなく、眠そうといわれればそんな気がする。擬人化が楽しく、人間の赤ちゃんまで想像させる。二句目、ぼろ市には色々出されるが、目についたのが古い腕時計。いまも正しく刻む音が少しかなしくまた頼もしくもあったのだろう。昨年十二月、三年ぶりにぼろ市が開催されたと聞いている〉と鑑賞。句は「炎環」3月号より。
- 結社誌「氷室」(尾池和夫主宰)4月号の「句集歴程」(山本真也氏)が三輪初子句集『檸檬のかたち』を取り上げ、〈句群をタイプ別に整理して〉、その句群ごとに鑑賞。《あぢさゐや伝言のなき伝言板》《帽子掛けに帽子のなきよ鉦叩》《犬小屋の犬のいま留守雷近し》については、〈閑さへの着目は、「あるはずのものがない」という感慨を繰り返し催す〉と、また、《鰻喰ふいまが晩年かもしれぬ》《生きてきた褒美は死なり蚯蚓鳴く》《俎板をはみ出す生涯葱一本》については、〈晩年や死という語を用いながら、生涯をガバリと把握した豪快さが、何ともあっけらかんとしていて心地好い〉と記述。
- 結社誌「泉」(藤本美和子主宰)4月号の「季節の一句」(神戸サト氏)が、《さくらさくら石温かくなるまで握る 山岸由佳》を取り上げ、〈字余りの句ではあるが心地よい句である。作者の第一句集であるこの句集を手にとったのは『丈夫な紙』と云う句集名に興味を覚えたからである。句集名となった句は《黄のカンナ丈夫な紙を探してゐる》と云う句であった。単純に面白い、嫌いではないなという思いと、今まで好んで読んできた俳句とは違う俳句を読んでみたいという思いで手にした一書ではあったが、期待以上に新鮮で刺激を貰った句集である。掲句は満開の桜の下を歩きながら詠んだものであろうか。「さくらさくら」の季語の選択と「石温かくなるまで握る」の意思の感じられる措辞からは、花時の季節感と作者の真っ直ぐな姿勢が伝わってくる。一書を通じて、語彙の豊かさと躊躇いの無い作風が新鮮であり、何より「生きることはおもしろく、そしてまた俳句も楽しいのです」と云う作者の言葉が胸に響いてくる句集である〉と批評。
- 朝日新聞社編『朝日俳壇2022』(朝日新聞出版、4月30日発行)において高山れおな氏が年間秀句10句の一つに《宵寒の易者にすがる妊婦かな 谷村康志》を選出、〈古風にひかれた。易者というモティーフをかな止めで詠めばどうしたって古めかしくなるが、「すがる妊婦」のただならなさはどうだ。妊娠をおめでたとは言うものの、実際の状況はさまざま。〈住吉の雪にぬかづく遊女哉 蕪村〉や〈木がらしや地びたに暮るゝ辻諷
( ひ 一茶〉のような句の末裔に会った思いがした〉と評価。句は朝日新聞2022年11月6日「朝日俳壇」高山れおな選より。 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)5月号付録『季寄せを兼ねた俳句手帖二〇二三〈夏〉』が《祭笛視力検査の後ろより 齋藤朝比古》《連なりて謝りにくる日焼の子 岡田由季》《走り梅雨人逝きたるも飯くらふ 増田守》《技かけるやうに畳みて鯉のぼり 岡田由季》《かき氷滑落の痕ありにけり 齋藤朝比古》を採録。