2024年7月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)7月号の「合評鼎談」(辻村麻乃・横澤放川・抜井諒一)の中で、同誌5月号掲載の石寒太主宰作「一期一会」について、〈横澤「「宇多喜代子」と前書があって、 《喜代子如何隠岐へ飛魚滑空す》 隠岐には境港から船で行く。そうすると、船と並んで飛魚が滑空するのが見えます。作者は隠岐で宇多さんと一緒に句会をやったりしていた人。僕も同道したことがあります。その宇多さんのお体を気遣っている。金子兜太さんの葬儀の際に、宇多さんがしみじみと「寂しいわね」と僕に漏らしていました。そんな時期に今来ているのでしょう。まさしく「一期一会」を感じている。描写もしっかり伴っていい句」、抜井「挨拶句として非常に面白いです。飛魚が〈滑空す〉という実景を見せているところがよかった。宇多さんを気遣っていながら、〈飛魚滑空す〉で励ましのようなものも感じられる」、辻村「作者は「俳句アルファ」のお仕事をされていましたが、「あらゆる芸術分野と交響しつつ俳句の独自性を極める」というポリシーがあったようです。 《八十歳の仮想空間春の雲》 〈八十歳の仮想空間〉ですが、〈春の雲〉を持ってきていますので居心地の悪いものではなさそう」、抜井「〈仮想空間〉なので、インターネットやメタバースといった世界。そういうものに触れて、〈春の雲〉のような感じを抱かれたのか。このあたりは、世代などによって捉え方が違いそうですが、作者にとっては冬の雲じゃない。ぼんやり眺めていられる感じなのでしょうか」、辻村「やはり前書で「永田和宏 四句」とされたものの中から、 《遺伝子の螺旋点まで春よ春》 永田さんは歌人でもありますが、細胞生物学者でもあった方。遺伝子は確かに螺旋状になっていますが、それが〈天まで〉、まるで天国へつながる階段のような明るい未来のイメージが浮かびます」、抜井「永田和宏さんへの四句は亡くなった奥様、河野裕子さんの影も見えてきました」、辻村「そして次の句は「流火草堂・安東次男」の前書があり、 《六月のみどりの夜は阿修羅かな》 「六月のみどりの夜わ」という詩が、安東次男にあります。その詩の中に、「踏みつぶされた手は/夜伸びる新樹の芽だ。」という一節がある。「踏みつぶされた手」から、〈阿修羅〉の措辞が出てきたのかと感じました」、抜井「《珠洲の浜さくらの瘤にさくらの芽》 〈珠洲の浜〉なので、能登半島地震を踏まえた句。桜の瘤に桜が芽吹いてきたと。明るい春への願いが込められているのではないでしょうか」、横澤「〈珠洲の浜〉の句は一番好きでした。心があっていい句だと思います。〈大峯あきら〉の前書があって、 《ヒュヒテかく読めと吉野の山ざくら》 フィヒテはドイツ観念論の哲学者ですが、〈ヒュヒテ〉と訛ったように表記した。ドイツ観念論は、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルと続いていく。その最初の人。大峯さんは、日本フィヒテ協会の会長だった人。お坊さんでしたが、有名な哲学者でもありました。その方を供養した。「ヒュヒテというのはこう読め」と言っていたのでしょう。そして〈吉野の山ざくら〉で、ばっちりと決めてくれている。そして、「黒田杏子」と前書があり、 《花廻りひと生ひと代のをんなかな》 作家の特徴を捉えて詠まれた追悼句。うまいと思います。この三月に追悼文集を編んで刊行しましたが、そのタイトルを『花巡る』としました。「加藤楸邨」への句も、 《
弱法師(よろぼうし) 楸邨ひとり熱砂上》 楸邨を、ちゃんと〈熱砂〉の上に置いている。加藤楸邨のただならぬところを押さえていると思います」〉と合評しています。 - 結社誌「氷室」(尾池和夫主宰)7月号の「現代俳句鑑賞」(河村純子氏)が《伴侶の死寄りそふことばあたたかし 石寒太》を取り上げ、〈伴侶の死、重い言葉である。「寄」の後すべて平仮名である。上五の言葉の重さの対比が救いとなる。死という厳しい状況に、一語が心を温め救ってくれる。肩の荷を軽くしてくれたり、励まされたりする。作者はかけられた言葉を生涯忘れることはないだろう。人は愚かであるがまた優しい。逆の立場になった時、人に寄り添うことの出来る共感や想像力のある人でありたい〉と鑑賞しました。句は「俳句」5月号より。
- 結社誌「獅林」(梶谷予人主宰)7月号の「総合誌の秀句鑑賞」(森一心氏)が《喜代子如何隠岐へ飛魚滑空す 石寒太》を取り上げ、〈「一期一会」は、一生に一度限りであることだが、作品表題の場合は、一度限りの「その人との特別な思い」と解したい。掲句には(宇多喜代子)の前詞がある。「草樹」代表、蛇笏賞受賞作家、わが「獅林」で俳句の骨法を学ばれた方である。筆者は数年前に宇多先生から「隠岐産の塩」を送っていただいたことがある。石寒太炎環主宰とは「隠岐島」ご縁の選者先生の思い出であろう。この俳句募集行事は、隠岐島で失意の中に亡くなった南朝の後醍醐天皇を偲んで毎年開催される。句意は「喜代子さんは、転倒ほかで手足が不自由で入院もされたと聞く。今年も隠岐へ向かって飛魚が滑空する夏がきた。早く回復されて、また隠岐島でお目にかかりたいものだ」と読ませていただいた。隠岐は「加藤楸邨名句の地」〉と鑑賞しました。句は「俳句」5月号より。
- 結社誌「たかんな」(吉田千嘉子主宰)6月号の「現代俳句の四季」(主宰)が《夕立のしらしらはれて刄物街 石寒太》を取り上げ、〈「しらしらはれて」の措辞が印象的である。夕立の凄さが伺え、それまでの暑さを根こそぎ奪っていったあとの空気感を感じさせる。それが刃物街であることも面白い。刃物たちが夕立に会った訳はないが、夕立が去った後は、刃物の光もギラギラから「しらしら」と変わったような感覚が尾を引く〉と鑑賞しています。句は「俳句界」5月号より、句集『あるき神』所収。
- 結社誌「鹿火屋」(原朝子主宰)6月号の「四季の風韻」(青木孝子氏)が《割り算のあまりの三つさくらんぼ 石寒太》を取り上げ、〈さくらんぼは近年、まるで宝石のような値段である。他の果物のように、さあ、どうぞというわけにはいかない。戴き物として、箱を開けるときから、皆の視線を集める。その中にはまるで玉の如き愛らしい朱い実が光っている。子供たちのお皿に等分に分けたら、三つ余った。さてこれはどうなるだろうと子供たちの目は光る。ここからが、人の知恵である。さて、余りのさくらんぼは誰の口に。微笑ましい一句である〉と鑑賞しました。句は『角川俳句年鑑』2024年版より。
- 競書誌「現代書道」(現代書道院)5月号の「コトノハ歳時記」(吉田悦花)が、石寒太主宰の代表句である《葉櫻のまつただ中へ生還す》を掲げ、〈「“病に勝つ”ことだけを自分にいい聞かせながら、一日十句を自分に課しつつ五十日五百句をつくった」――医師より大腸がんで、生存率四十パーセントと宣告された。俳句を詠むことを力として、自らを鼓舞して、なんとか奇跡的に生還できた。「生還す」とは、ただごとではない。こう言わずにはおれない数ヶ月間だったのだ。のちに作者が述べたところによると「葉櫻のまつただ中に生還す」は、退院したときの感慨のようだけれど、実は、すでに退院する前につくっていた、そのころには必ず生還する、自分にいい聞かせていた、と。つまり、生への強い執着、生きて戻る決意、予祝だったのだ。予祝とは、先に未来のことを喜ぶことで、喜びごとがやってくること。あらかじめ、こうなると良いと、期待する結果を表現すると、そのとおりの結果が得られるという日本古来の考え方である。作者は俳句で予祝をして、見事、その通りの現実を引き寄せた。言葉の力は、すなわち生きる力だ〉と解説しています。
炎環の炎
- 「第44回現代俳句評論賞」(現代俳句協会)が14編の応募作品の中から、5名の選考委員(井口時男、西村我尼吾、橋本喜夫、松王かをり、武良竜彦)により、7月6日受賞作を決定してホームページに発表。
◎「現代俳句評論賞」田辺みのる『楸邨の季語「蟬」―加藤楸邨の「生や死や有や無や蟬が充満す」の句を中心とした考察』 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)7月号の「作品12句」に関根誠子が「街角ピアノ」と題して、〈花屑に下りて雀の浅蜊色〉〈リラ冷えや街角ピアノに忘れ傘〉〈大樹の穂を風が舐つて皐月空〉〈明日ありと信ずれば混む冷蔵庫〉など12句を発表。
- 短歌同人誌「かばん」(発行人井辻朱美)6月号の「かばんゲストルーム」に宮本佳世乃が寄稿し、「おほらかに」と題して〈聞きなしの溢るるノート暮れかぬる〉〈おほらかに傘の巻かれて松の花〉〈腰かけて石のなだらか夕螢〉など7句を発表。
- 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)7月号「四季吟詠」
・佐怒賀直美選「佳作」〈下校児の蹴散らす春の水たまり 木下周子〉
・山本潔選「佳作」〈木の根明く森の小人の棲むやうな 森山洋之助〉
・渡辺誠一郎選「佳作」〈残土また手向けられたる木の芽雨 松橋晴〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)7月号「投稿欄」
・稲畑廣太郎選「特選」〈タンカーの真つ直ぐ進む海市かな 松本美智子〉=〈日本ではあまり見られない「海市」、つまり蜃気楼だが、富山県の魚津市に時々出現するということで春の季題として歳時記に掲載されている。其処の情景かも知れないが、海市へ向かってタンカーが進んで行く光景だ。不思議な情景が見て取れると同時に、春の長閑さも感じられる〉と選評。
・鈴木しげを選「秀逸」〈タンカーの(前掲)松本美智子〉 - 新潟日報5月6日
・津川絵理子選〈風船を渡し迷子のアナウンス 鈴木正芳〉=〈泣いている迷子に風船を渡して落ち着かせる。その様子がユーモラスでほほ笑ましい〉と選評。 - 新潟日報5月12日
・中原道夫選〈菜の花や逆さに立てしマヨネーズ 鈴木正芳〉 - 新潟日報5月27日
・津川絵理子選〈草原を夢見る象や石鹸玉 鈴木正芳〉 - 産経新聞6月13日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈メーデーや休憩室の鉄アレイ 谷村康志〉 - 産経新聞6月27日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈夏ともし画廊の裸婦と見つめ合ふ 谷村康志〉 - 毎日新聞7月8日「毎日俳壇」
・西村和子選〈禅僧のつま弾くギター夕涼み 谷村康志〉 - 日本経済新聞7月13日「俳壇」
・神野紗希選〈離郷には応じぬ母の洗ひ髪 谷村康志〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)の連載「俳人の本棚」を執筆している田島健一が、7月号で取り上げているのはアラン・バディウ著(長原豊・松本潤一郎訳)『倫理――〈悪〉の意識についての試論』。〈俳句を書くことは、決して表現における最終形態ではなく、それを書く主体のはじまりであるに違いないのだが、そのプロセスを継続可能にする原理をバディウは「真理の倫理」と呼んでいる。本書では、そうした「真理の倫理」の生成を支える「出来事への忠実さ」の形式的定義が明らかになる。著者はそこで定義された「出来事/忠実さ/真理」に依存する〈悪〉の形象として「シミュラークルとテロル/裏切り/名づけ得ぬものへの名称の無理強い」を論じる。俳句も、この〈悪〉の形象と無関係ではない。著者は「出来事」のシミュラークルを〈悪〉の形象として挙げるが、俳句もまた「伝統」、「前衛」、「有季定型」、「花鳥諷詠」、「社会性俳句」などの名のもとに類似の形象に陥りやすいことは容易に理解できる〉と述べるが、すこぶる難解。
- 結社誌「響焰」(米田規子主宰)6月号の「総合誌の俳句から」(大見充子氏)が《鳥の巣の孵らぬものの重さかな 前田拓》を取り上げ、〈以前庭の木を剪定していて、山茶花の木に目白の巣を見つけた。直径七、八センチの可愛らしい物であった。疾うに巣離れの時も過ぎ、空っぽのつもりで取り除いてしまったのだが、中にひとつ卵が残っていた。何らかの原因で孵化できなかったのだろう。どんな形にしても死は悲しくて重い〉と鑑賞。句は「俳句四季」3月号より。
- 結社誌「甘藍」(渡井恵子主宰)6月号の「現代俳句管見」(よしずみきなこ氏)が《紫木蓮つぼみは空を啄める 前田拓》を取り上げ、〈見上げれば蕾の先が空に触れている。銀色の綿毛に包まれたような蕾。嘴のような形はまるで空を啄んでいるようだ。十分に空を啄んだ蕾は、大空に向かって真っすぐに花開く。それは鳥が飛び立とうとする姿にも見えてくる〉と鑑賞。句は「俳句四季」3月号より。
- 結社誌「田」(水田光雄主宰)6月号の「俳句展望」(上野犀行氏)が前田拓の4句《居残りの九九の暗唱桜の芽》《学び舎の巣箱の穴のやすりがけ》《切り過ぎし前髪撫でて桃の花》《いつからか吹けぬ口笛みどりの日》を掲げてそれぞれを鑑賞。《切り過ぎし》については〈髪を切ってさっぱりしたという句なら、つまらない。「切り過ぎ」の前髪を撫でているという把握により、作品におかしみをもたらした。「桃の花」という季語がすべてを肯っている〉と、《いつからか》については〈この句も、口笛を吹けぬまま大人になったというのならば、平凡。昔は出来ていたが大人になり吹けなくなったという着想が、面白い。「みどりの日」がノスタルジックな演出を加える〉と鑑賞。句は「俳句四季」3月号より。
- 結社誌「澤」(小澤實主宰)5月号の「総合誌俳句鑑賞」(今朝氏)が《囀やフォークダンスの男子校 前田拓》を取り上げ、〈共学校では人数の関係で同性同士で踊ることもある「フォークダンス」、女の子たちはむしろその状況を楽しめても、どうも男の子たちは過剰に照れ臭さを感じてしまう場合が多いようである。とくに「女役」に回ることには拒否感を抱くようで、そんなことを考え始めると、なんだか窮屈だなあと思ってしまう。掲出句の場合は、季語の力もあり、そんな異性愛主義の枠組みから解放された微笑ましい場面が想像される。求愛の鳴き声だけにアイロニーも感じられるが、生徒たちは無理に男らしさを競うこともなく、気楽に手に手を取って、踊り自体を楽しんでいそうである〉と鑑賞。句は「俳句四季」3月号より。