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面白い俳句を味わおう!
解説と鑑賞で広がる俳句の世界

炎環誌(炎環の俳誌)で発表された面白い俳句を集めてみました。
解説と鑑賞を通じて、面白い俳句に込められた言葉の美しさや背景にある情景を紐解くことで、俳句の世界がぐっと広がります。このページでは季節の移ろいや自然の描写、作者の心情など、短い言葉に込められた奥深い意味を知ることができるため、俳句の面白さをより一層感じることができるでしょう。

ラスト一周朝マラソンの冬の月

百瀬一兎
「炎環」3月号より

月とマラソンのイメージ

解説

「月」と言えば秋の季語ですが、秋以外の季節でも「春の月」「夏の月」「冬の月」という言い方で季語になっています。それというのも、月には季節ごとに異なった表情あるからです。「冬の月」のばあい、冬の夜は暗く長く、しかも空気が寒く乾いているため、そのぶん、月の光は力強く、そこに厳しささえ感じられます。

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朝マラソンと、残月の冬の月。これぞ取り合わせの妙

月がまるで監督のように、「そらあ、ラスト一周だぞお、気を抜くんじゃなあい」と活を入れているようだね

「すがもん」のお尻触る子クリスマス

丑山霞外
「炎環」3月号より

クリスマスの子どものイメージ

解説

「すがもん」は、おばあちゃんの原宿と呼ばれている巣鴨地蔵通り商店街のキャラクター。鴨の国からやって来たそうです。商店街にはすがもんのお尻(鴨の尾)が飾られていて、それを触ると恋が実るとか。
季語は「クリスマス」。すがもんは赤い服、赤い帽子で、サンタクロースの格好をして、子どもたちを喜ばしていたことでしょう。

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おずおずとさわる子の顔が浮かびます

巣鴨ですから、おじいちゃんかおばあちゃんが孫を連れて行ったんだろうと、どうしてもそんなふうに想像してしまいます。そして、クリスマスと言われると、なぜか、幸せそうな家族の様子が目に浮かびます

顔ほどの肉まん好好中華街

常盤優
「炎環」3月号より

肉まんのイメージ

解説

「肉まん」が冬の季語。中華街で肉まんは一年中売っているので、この句はどの季節でも当てはまりますが、これが俳句である以上は、冬の俳句として読むのが作者への礼儀です。そして、冬の寒さを想像すればこそ、ほかほかの肉まんがいっそう美味しそうに見えるのです。

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「ハオハオ」がいいですね

なるほど。「好好」は中国語だったんですね。ってことは、この顔ほどもある大きな肉まんをほおばっているのは、中国人ってこと? 中華街もインバウンドでごった返しているんでしょう

風邪気味の吾子あこの寝息を抱きけり

中島領子
「炎環」3月号より

子どもの風邪のイメージ

解説

インフルエンザを含め、ウイルス感染により鼻やのどに炎症を起こすのが「風邪」で、冬にかかりやすいため冬の季語になっています。くさめ(くしゃみ)・咳・水洟みずばな・鼻水・風邪声かざごえなどの風邪の症状はどれも冬の季語です。ただし、風邪の症状であっても、鼻づまり・発熱は季語になっておらず(鼻風邪・風邪心地ならば季語)、一方、嚔・咳・水洟は、その原因が風邪であるとは限らず、風邪でないばあいでも季語として使えます(ただし季節は冬に限定)。なお、春には「春の風邪」、夏には「夏の風邪」が季語となっています。
「吾子」は、自分の子どものこと。ふつうは「わが子」と言いますが、「吾子」はたったの2音なので、俳句ではこれがよく使われます。

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「寝息を抱く」、この表現、なんとオシャレでステキなのでしょう!

「風邪の吾子」ではなく、「風邪気味の吾子」となっていることで、子どもを心配している親の気持ちがよく伝わるように思います

アレッポの固形石鹼雪もよひ

小関由佳
「炎環」3月号より

固形石鹸のイメージ

解説

「雪もよひ」、漢字で書くと「雪催」。空一面に雲が重く垂れ込めて、いまにも雪が降ってきそうな空模様のこと。日本海側の豪雪地帯と、太平洋側のめったに雪の降らない地域とでは、この「雪もよひ」に対する人々の感情はまるで異なるものでしょう。
「アレッポの固形石鹼」については、株式会社アレッポの石鹸のホームページによると、「シリア第二の都市アレッポの特産品として1000年以上前から作られているオリーブオイルとローレルオイルで作られたシンプルな石鹸」であるとのことです。

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その石鹸、私も使っています。こんな所にも句材があるのですね。俳句は発見ですね

はて、アレッポの石鹸は雪の匂いがするのでしょうか。この句、分かる人だけにしか分からないってやつかも。ときどきそんな句に出会います

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信号の先の先より冬来る

杉まろん
「炎環」2月号より

小春日和のイメージ

解説

「冬きたる」は立冬のこと。毎年11月7日前後で、暦の上ではこの日から冬になるものとします。ただしこれは、あくまでも暦の上で計算によって出した日付で、秋の風物であり季語でもある「紅葉」は、立冬が過ぎてから盛りを迎えるのがふつうです。なお、立春(2月4日ごろ)は「春きたる」、立夏(5月6日ごろ)は「夏きたる」、立秋(8月7日ごろ)は「秋きたる」と、四季すべてに共通の言い方ができ、いずれも季語で、これらのいいところは、五音であるため俳句に収めやすいこと。

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作者の見た信号は青に違いない。その寒色が作者に冬の到来を感じさせたのでしよう

いやいや、冬はねえ、信号の先の先から、赤信号も無視してすっ飛んで来るんですよ

パフェにのるチェリーつややか小春こはる

飛田園美
「炎環」2月号より

小春日和のイメージ

解説

旧暦10月のことを「小春」と呼びます。今の暦でいえば11月に当たります。冬の季語。暦の上で冬になったとはいえ、この時期はまだまだ暖かい日もあり、旧暦10月はちょっとした春と言える、というニュアンスの言葉です。旧暦を使わない現代では、立冬を過ぎた後の暖かい日を「小春日こはるび」といい、その日の晴れた天気を「小春日和こはるびより」といい、「小春」が暦の月の名称だという意識は薄いと思われます。

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幸せな気持ちになります

冷たいパフェに彩りを添えている赤いチェリーと、小春日の明るい青空と

米寿への句集もどきや帰り花

江成和子
「炎環」2月号より

帰り花のイメージ

解説

11月に暖かい日があると、春の花(桜、つつじ、たんぽぽなど)が咲き出したりします。これを狂い咲きなどとも言いますが、俳句では、春から帰ってきたと捉えて「帰り花」と呼び、冬の季語となっています(「返り花」とも書く)。

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手書きの句集でしようか。素敵ですね。色々の想ひのある句が詰まっているんでしようね

「句集もどき」といい、「帰り花」といい、どこか照れくさそうな感じがいいじゃないですか

珈琲のミルクの渦や漱石

平井葵
「炎環」2月号より

夏目漱石のイメージ

解説

漱石忌」とは、文豪・夏目漱石が亡くなった日のこと。漱石は1916年12月9日死去。ですから漱石忌は12月9日で、そのためこれを冬の季語とします。ということは、もし漱石が夏に亡くなっていれば、漱石忌は夏の季語となったわけですが、重要なことは、漱石と季節との関係ではなく、後世の私たちが、その亡くなった日(それを忌日きじつという)に、あらためてその人を偲ぶという点です。その意味で、漱石忌の俳句は、それを作るときも読むときも、そこに冬の空気が漂っていることを意識すべきです。

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珈琲カップを持つ漱石先生、珈琲が美味しそうです

珈琲からうっすらと湯気の立っているのが見えるようです。文庫本の『三四郎』を開いて、静かなひとときを過ごしましょう

くせのある歩き方かな日脚伸ひあしの

高橋侘助
「炎環」2月号より

日脚伸ぶのイメージ

解説

冬至(12月22日ごろ)を過ぎると、日の出から日没までの時間が日に日に長くなっていきます。それを「日脚伸ぶ」という決まった言い方で表現します。「日脚」とは、太陽が東から西へ空を脚で歩いていくというイメージで、その歩く距離が延(伸)びるというのが「日脚伸ぶ」です。これが冬の季語。そのあと夏至(6月21日ごろ)まで日脚は伸び続けますから、春でも夏でもそう言えるのですが、「日脚伸ぶ」を実感して最も喜びを伴うのは、やはり冬至が過ぎて少し経ったころ。そのため季語としては冬に位置付けられています。

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そう言われてみると歩き方で誰かわかりますね。我が身の歩き癖も気になります

夕方の少し明るくなったなあと思うと、気持ちにもなんとなくゆとりが生まれます。すると、人の歩き方が妙に気になったりして

山眠るN極寄りの君が好き

土屋裕美子
「炎環」1月号より

解説

冬の山は、それを覆う木々が枯れて、見るからに生気を失い、まるで眠っているようだということで、「山眠る」が冬の季語。この発想は、中国の古い書物から来ており、冬ばかりでなく、春の花盛りの山は「山笑ふ」、夏の青葉に輝いている山は「山 したた る」、秋の紅葉に彩られた山は「山 よそお ふ」と、春夏秋冬それぞれに決まった言い方があり、いずれも季語となっています。

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二人で山歩きをしながら方位磁石を見ていたら、相方が北寄りを歩いていたと、そんな単純な情景としても面白いし、変わり者、怒りっぽい人、偏りの強い人のことを「北向き」と呼ぶことを踏まえて読むと、すごく面白くて、良い句だなと思いました。

この一句には、冬のさみしい山があり、N極寄りの君がいて、その君を好いている私がいる。寒々しい景色の中、私の心には、ぽっと灯が点っている…って感じ。

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百舌 もず 鳴くや 吟行 ぎんこう ついでの墓参り

飯塚惠美子
「炎環」1月号より

百舌鳥のイメージ

解説

もず(漢字は「鵙」「百舌」「百舌鳥」)という鳥は、秋になると木の高いところに止まり、キーッ、キーッと鋭い声で鳴きます。それは縄張りを主張するためで、このことにより「もず」は秋の季語。

「吟行」とは、俳句を詠むために戸外を歩くこと。何人か連れ立って名所旧跡などを歩き、その場で俳句をいくつか詠んで、そのあと集まって句会を開くというのが一般的です。また、一人だけで俳句ネタを探しながらぶらぶら散歩するなんてことも、「吟行」の一種と言っていいでしょう。

「墓参り」は、お盆の墓参りに限って秋の季語となりますが、お盆以外にもお彼岸やお命日など、何かあればいつでも行きますので、そのような場合ならば季語とは見なしません(この句の墓参りもそれ)。

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なるほど!と膝を打ちました。お墓参りが日常にある方ならではの、肩の力が程良く抜けた秀句だと思いました。

親族あるいは縁故の人の、そのお墓がある一帯を吟行しているんですね。鳴く百舌よろしく、この辺は私のテリトリーよと言わんばかりに。

冬耕 とうこう や大き 薬缶 やかん 黄粉 きなこ

環美代子
「炎環」1月号より

冬耕のイメージ

解説

「冬耕」が冬の季語。冬の間に田畑を耕すこと。土を養って、次の作物栽培に備えます。ちなみに「餅」も冬の季語。その点でこの一句には季語が二つありますが、この句の場合は、明らかに「冬耕」が主役です。

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収穫のあとの家族総出の鋤き起こし。三時の休みは黄粉餅。のどを潤しながら、みんな遠くの山を眺めています。

耕した後の土、大きい薬缶、そして黄粉餅。どれもみんな黄色っぽいんですけど、冬と言いながらも、明るい日差しを反射させていて、働いた人たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくるようです。

柿たわわ餓鬼大将の消えし村

花井ひろかつ
「炎環」1月号より

たわわに実った柿のイメージ

解説

「柿」が秋の季語。ところで俳句は、いまでも、歴史的仮名遣いで表記することが一般的です(ただし現代仮名遣いを方針としている俳人もいます)。その歴史的仮名遣いを意識すると、「たわわ」などは「たはは」と書きたくなるところですが、それは誤り。「たわわ」が正解です。

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昔はどこにも餓鬼大将が居ました。いつまでもたわわな柿と通じます。

村に餓鬼大将がいなくなったのは、そもそも、徒党を組むほどの数の子供がいない、つまり少子化が大きな原因なのではないでしょうか。一方で、その村に昔からある柿の木には、いまでもたわわに実がなっている。まさにそれと対照的です。

こがらし に心臓 さら はれぬやうに

柏柳明子
「炎環」1月号より

凩のイメージ

解説

こがらし(漢字は「凩」「木枯」)は、冬の初めに吹く強い北風。冷たい風が勢いよく吹いて来て木の葉を落とし、気温がぐんと下がって一気に冬になった感じがします。もちろん冬の季語。

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うわぁ。この一句に心臓を持っていかれました。

心臓を攫われるだなんて、なんだか、ホラーみたいだな。

エルメスもプラダも持たず 衣被 きぬかつぎ

宮内久子
「炎環」12月号より

里芋衣被のイメージ

解説

サトイモは、親芋の周りに小芋が育ちますが、「きぬかつぎ」はその小芋を皮つきのまま蒸した料理の一品。つるりと皮をむき、塩などをつけて食します。もともと「芋」が秋の季語。イモにもいろいろありますが、俳句で「芋」と言えばもっぱらサトイモのことで、その料理である「衣被」も秋の季語です。

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季語の功! 衣被の「衣」は、イモの黒い皮を衣に見立てた料理名だと思いますが、その衣の洒落っ気のなさに作者が心を通わせています。

秋になれば衣被は居酒屋の定番メニュー。エルメスだのプラダだの、そんな高級ブランドなんか興味ない。衣被で一杯が、うーん、最高だねえ。

秋の夜夫の無呼吸かぞへをり

大山なごみ
「炎環」12月号より

無呼吸のイメージ

解説

「夫」と書いて、俳句では「つま」と読みます。「夫」も「妻」もどちらも「つま」です。そして、「をり」は「何々している」という意味。この句は、秋の夜に、寝ている夫が呼吸を止めてしまう回数を、妻が数えている、というものです。

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命に関わる危険な状況とはいえ、冷静にその時間を数えている。どことなくブラックユーモアに富んだ句です。思わず笑ってしまいました。

そんな、笑っちゃいけない。だって妻は、無呼吸症候群を心配しているんでしょう。でもまあ確かに、〈秋の夜〉だなんて乙に構えられると、けっこう余裕も感じられるかな。

曼珠沙華 まんじゅしゃげ 朱朱朱朱朱朱朱白ひとつ

福島サト子
「炎環」12月号より

曼珠沙華(ヒガンバナ)のイメージ

解説

曼珠沙華、またの名をヒガンバナ。毎年、秋のお彼岸の時期にピタリと合わせて咲きます。上に向かって垂直に伸びた細い茎に葉はなく、茎の先にいくつかの真っ赤な花をつけ、花の中心から細く長く突き出している何本もの雌しべ・雄しべが、これまた真っ赤な色で、みな空に向かって反り返り、一本の茎の先の複数の花全体で、特異な形状の一つの花に見えます。いろいろなところに群生しており、たいていは赤ばかりですが、ときどき白いものが庭先に植えられているのを見かけることもあります。秋の季語。

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〈朱朱朱朱朱朱朱〉とは! この発想力に驚く。よくぞ詠み作ったことに感心する。

これ、シュシュシュシュシュシュシュと読めばいいんですよね。〈朱〉という字の縦棒を、下にずうっと伸ばせば、一本の曼珠沙華みたいな姿になる!

名月や龍に近づく老の松

箱森裕美
「炎環」12月号より

満月に照らされる松の木のイメージ

解説

いうまでもなく「名月」が秋の季語。中秋の名月、十五夜の月。ですからこれは、満月と決まっています。夜になると町にたくさんの明りが灯る今では、とても想像しにくいのですが、昔は、真っ暗な夜を照らす満月の光が、相当に明るくて、ありがたかったに違いありません。

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この〈松〉、海風に長年晒され続け、傾いた老松を想像しました。〈名月〉〈龍〉〈老〉と、強い単語が組み合わされた句ですが、〈近づく〉と表現されたことで美しい余韻を感じました。

月が出てまだ間もない時刻、松はその背後から、煌々たる月に照らされ、黒いシルエットを浮かび上がらせている。そのシルエットが、まるで天に昇らんとする龍のようだ、と、こんな感じですかね。〈龍に近づく〉は、龍に似てきた、という意味にとったんですけど。

スタートもゴールも地球鳥渡る

國武学
「炎環」12月号より

渡り鳥のイメージ

解説

「鳥渡る」が秋の季語。鴨や雁や白鳥などの渡り鳥が、北方の土地から日本の各地に向かって、群れをなして空を渡ってくる、その様子をこの言葉で表します。

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発見のある句が好きです。季語によって一気に地球の見え方、そこに立つ自分のあり方が変わってゆく感じがしました。読めば読むほどいろんなことを考えさせられます。

これ、地球を飛び発っても、けっきょく地球に戻るのだから、我々はどうあがいたって、地球という場所からは逃れられないってことでしょ。

いいえ。地球上には、スタート地点があり、ゴール地点があって、その2点のあいだに距離があるということが重要なのです。我々が地球から逃れられないからこそ、それが重要なのです。そのことを〈鳥渡る〉が示しています。

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ATMにパトカー二台夜半の月

西石蕗
「炎環」11月号より

夜半のイメージ

解説

「夜半」は「よわ」と読みます。これは夜中のことですが、単に「夜」と言うのに比べて、夜が更けた、深夜であるというニュアンスが強く出ます。真っ暗な真夜中の空高く、明るく輝く満月(あるいはまん丸に近い月)が「夜半の月」で、これが秋の季語です。

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この句には、不穏な空気を感じながらも、どこか、呑気さも感じるのです。面白い句だと思いました。

パトカーが2台も来ているからといって、俳句詠みは決して騒いだりしない。やおら、空に浮かぶ月を愛でたりなんかして、このポーズがなんとも粋ですよね。と言いつつ、でもやっぱり、パトカーの頭でくるくる回っている赤い光が、どうしても気になるのですよ。

溜息を小出しに二百十日かな

鮫島沙女
「炎環」11月号より

溜息を出して落ち込んでいるイメージ

解説

立春から数えて210日目が「二百十日」、だいたい9月1日ごろに当たります。ちょうどこの時期、稲が開花するのですが、同時に、台風が襲来することも多く、お米を作る農家にとってはその年の収穫を左右するため、昔からこの日が恐れられていました。それがやがて、農家に限らず、この日を一般に「厄日」とすることが定着しました。秋の季語です。

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そぉか、溜息も小出しにすると上品なのかな。思わず一気に大きな溜息を吐く、そんな自分の無粋を反省しましたよ。

いやいや、溜息なんて、同じ吐くなら、一気に大きく吐いた方が、精神衛生上いいですよ。ただそうすると、周りの人が、ことさらに心配したり、いやな気分になったりするんですよね。この〈小出し〉というのは、そんな周囲への気遣いじゃないかな。あるいはまた、二百十日という季語へのオマージュでもあるかも。

端居とかなすすべもなし八月尽

谷村鯛夢
「炎環」11月号より

端居のイメージ

解説

〈端居〉とは、縁側や窓辺など、家の端のところ(外気と接する場所)に座って居ることですが、その目的は、涼しい風に当たって夏の暑さをしのぐことにあります。現在のようにエアコンがあれば、端居など必要のないこととはいえ、それでも、真夏の夕方、縁側などで自然の風に吹かれて涼むのは気持ちのいいことです。というわけで、〈端居〉は夏の季語。

一方、〈八月尽〉とは八月の末日のこと。〈尽〉が月末を意味します。この八月尽は立秋(8月7日ごろ)以降なので、季語としては秋の季語に属します。そうすると、この句、一句の中に二つの季語があることになり、このような状態を一般に「季重なり」と言います。ただ「歳時記」を見ると、「二月尽」「三月尽」「四月尽」「九月尽」は載っていますが、「八月尽」はありません。「八月尽」を詠んだ句はあまりないのでしょう。

俳句を鑑賞・味わう

今年は本当に暑い夏でした。これから毎年、もっとひどくなるのでしょうか。

そう、今年は暑い上に、その期間が長かった。8月末はおろか、9月になっても、10月になっても、最高気温25度以上の夏日が続きました。実感として、夏のままなのか、秋になっているのか、境目もなく全然分からない、そんなところをこの句は、季語をうまく利用して表現しているように思います。

届きたる最後の保険証きちきち

たむら葉
「炎環」11月号より

マイナンバーカードのイメージ

解説

「きちきち」とはキチキチバッタのこと。草に止まっているバッタを摘まもうとすると、キチキチと音を立てて飛んでいくことから、こう呼ばれています。この句は、五七五の最後の五音( 下五 しもご )が「証きちきち」で、「保険証」という言葉が中七と下五にまたがっており、いわゆる「句またがり」の形になっています。

俳句を鑑賞・味わう

マイナンバー保険証に移行と聞きますが、長年使用の、慣れ親しんだこれまでの保険証は愛着あるものです。〈きちきち〉の表現が面白く、たいへん句が締まって良いです。

バッタは、稲を食い荒らす害虫なんですね。そんなところからも、現行保険証の廃止に対する抗議の気持ちがあるのかなと、なんとなく伝わってきます。

やや右に傾き癖の盆提灯

岡本葉子
「炎環」11月号より

盆提灯のイメージ

解説

「盆提灯」は「ぼんじょうちん」と読み、お盆のときに、先祖や身内の故人を迎えるためにしつらえる提灯のことです。お盆はもともと旧暦の7月15日に営まれましたので、「 盂蘭盆会 うらぼんえ 」「 魂祭 たままつり 」「 生身魂 いきみたま 」「盆用意」「 迎火 むかえび 」「茄子の馬」「 墓参 はかまいり 」「 送火 おくりび 」などなど、お盆関係の言葉はすべて秋の季語です。

俳句を鑑賞・味わう

どうも右に傾いちゃうのよねぇ、と言いながらも、優しい手つきでお盆を準備されたのでしょう。きっとこれからも、この盆提灯の傾きに安心しながら、故人を偲び、年月を重ねていくのでしょうね。

〈やや右に傾き癖〉の〈やや〉がいいですよね。この一言で、その提灯が確かに存在しているというリアリティが鮮やかに出ました。そして、〈癖〉というのもいい。飾っている人のその提灯に対する愛着というか、気持ちが、この一字にくっきりと表れました。

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