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目には青葉山ほととぎす・・鰹はどうした?!

谷村 鯛夢

カツオは今や国際商品である

5月24日のこと。朝日新聞の朝刊。一面の名物コラム「天声人語」に眼を通す。すると、季節ネタの枕におなじみの山口素堂の句「目には青葉山ほととぎす初鰹」を振っていて、ちょっと常識的すぎないか、と思っていると、「先月来、カツオの不漁が報じられる」という形でいきなり本題となった。
このあとは周辺ネタで「売値も高く、東京にある土佐料理の店では、高知らしい豪快な切り身を薄くすることもできず弱ったと聞く」と書いている。

テレビでは、朝のワイドショー番組が7時台から「今年はカツオが日本近海に来ない」というニュースを伝え、僕の友人の水産経済学者、山下東子教授が「今や、世界一のカツオ漁獲国はインドネシアなんですよ」とコメントしている。
カツオが不漁、それも高知と和歌山の不漁が顕著なのだそうだ。

そういえば、先日送ってもらった高知新聞の一面に「カツオ不漁」が大きく扱われていたことを思いだした。その記事を目にした時は、まあ、そんなときもあるんじゃないですか、という感じで、読み飛ばしてしまっていた。
なにやら今年は海水の水温が低く、高知沿岸や和歌山沿岸に近寄ってこないのだそうだ。

通常はこうではない。春、台湾沖を北上し始めたカツオの大群は、薩摩、土佐、紀州の沖を通り、伊豆半島、房総半島あたりに達するのが初夏、5月ごろ。このタイミングで詠まれたのが、この季節になるといつも使われる「目には青葉山ほととぎす初鰹」である。

この句の作者は江戸前期の有名俳人、山口素堂。後に俳聖と呼ばれる松尾芭蕉の親友で、漢学、茶道、能楽にも通じた大風流人。味にもきっとうるさかったにちがいない。

それにしても、「青葉」「ほととぎす」「カツオ」と、夏の季語を三つも入れての一句、初心者の作なら、いわゆる「季重なり」の指摘を受けて、すぐ添削されてしまうかもしれない。しかし、素堂先生のように、ここまでやってしまうと、文句あるか! という感じで痛快。多分、この痛快さ、すっきり感が江戸っ子の気風にあったのだろう。

なにしろ、京都、大阪の上方文化、都ぶりに対抗しようという新興都市江戸では、「宵越しの金は持たねえ]の金使いの良さ、そして「初物食い」を極上の美学としていた。特に、新奇なものには目がなく、「女房を質に入れても食うぜ!」というわけで、初ガツオへの熱狂ぶりなどその最たるものということになる。

こういう気風に、素堂先生の一句が拍車をかけたのか、初ガツオ1尾の値段はとんでもない高値となり、江戸後期に最高期を迎えて、なんと2両3分。現在価格で10万円前後。さらに、この値で仕入れた料理屋から当代一の人気歌舞伎役者、中村吉右衛門が一尾3両、約15万円で買い求め、大部屋の役者たちに大盤振る舞いをしたという。まさに「ヨッ、千両役者!」である。
先の「天声人語」は今回のカツオ不漁を受けて、東京の土佐料理店の献立を心配をするだけでなく、「江戸時代なみの高値にならなければよいが」とも書き添えた。

そして、不漁の原因として、海水温だけでなく、中西部太平洋での乱獲についても言及していた。ここからは旬の話題というよりは、クジラやマグロと同様、カツオも国際的な水産資源、それも限られた資源なのだ、という話になる。

土佐の一本釣りならば・・・

日本人は「ツナ」と言えばマグロと思っている人が多いが、英語でカツオを「ストライプド・ツナ(縞模様のツナ)」というように、実はカツオも国際的には「ツナ」。そして、この安くて美味しいツナでツナの缶詰、いわゆる「ツナ缶」を作る。これがいまやタイをはじめ、インドネシア、フィリピン、韓国などで大産業となり、欧米への輸出の主要品目となっている。もちろん現地でも家庭の味として普及している。

先にテレビのコメントの話しで紹介した山下東子先生は、大東文化大学経済学部の教授で、「魚の経済学」(日本評論社)などの著作でも知られる水産経済学者。そして、研究で各国を回る中で、それぞれの国の特徴的なツナ缶を集めてきた「ツナ缶コレクター」でもある。現在、30数か国、300個超をコレクションしている。

タイカレー味のツナ缶、キムチ味のツナ缶・・・。それぞれのツナ缶の主張が、生産国のバイタリティを感じさせてくれるという。また、イルカ・セーフマークで「イルカを混獲していません」とアピールしたり、イスラム圏向けにいわゆる「ハラール」認証を受けたりと、まさにこれは国際商品であり、食品工業製品。売れるとなれば、巻き網でも何でも、原材料をごっそりとる。

土佐の一本釣りのような形なら、地球環境と折り合っていけるのですが、という山下教授の顔が、ちょっと寂しそうだった。

(谷村鯛夢による高知新聞の連載コラム『俳人編集者の四季(22)』に少しアレンジを加えました)